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『658km、陽子の旅』熊切和嘉監督 自分にもあり得た人生【Director’s Interview Vol.336】

『658km、陽子の旅』熊切和嘉監督 自分にもあり得た人生【Director’s Interview Vol.336】

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スクリーンに映し出される東北の風景。北上するにつれ徐々に視覚化されてくる寒さ、そして物悲しさ。その中で歩みを進める陽子こと菊地凛子から滲み出る後悔。全てが渾然一体となり胸に迫ってくる。何者にもなれなかった陽子に、なぜ私はこんなにも気持ちをもっていかれるのか?映画を観終わった後に自然と反芻してしまう。『658km、陽子の旅』は、“映画体験”を満たしてくれる、最近の日本では数少なくなった“映画”だったのではないだろうか。


この傑作を熊切和嘉監督はいかにして作り上げたのか? 話を伺った。



『658km、陽子の旅』あらすじ

42歳 独身 青森県弘前市出身。人生を諦めなんとなく過ごしてきた就職氷河期世代のフリーター陽子(菊地凛子)は、かつて夢への挑戦を反対され20年以上断絶していた父が突然亡くなった知らせを受ける。従兄の茂(竹原ピストル)とその家族に連れられ、渋々ながら車で弘前へ向かうが、途中のサービスエリアでトラブルを起こした子どもに気を取られた茂一家に置き去りにされてしまう。陽子は弘前に向かうことを逡巡しながらも、所持金がない故にヒッチハイクをすることに。しかし、出棺は明日正午。北上する一夜の旅で出会う人々―毒舌のシングルマザー(黒沢あすか)、人懐こい女の子(見上愛)、怪しいライター(浜野謙太)、心暖かい夫婦(吉澤健、風吹ジュン)、そして立ちはだかるように現れる若き日の父の幻(オダギリジョー)により、陽子の止まっていた心は大きく揺れ動いてゆく。冷たい初冬の東北の風が吹きすさぶ中、はたして陽子は出棺までに実家にたどり着くのか…。



今回は動画版インタビューも公開!あわせてお楽しみください!

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自分にもあり得た人生



Q:素晴らしい作品に仕上がっていましたが、ご自身の手応えはどうですか。


熊切:まぁありました(笑)。コロナで撮影できない時期もあり、久しぶりに撮ったのがこの作品でした。すごくシンプルな映画で1ショット1ショット丁寧に撮ることができました。菊地さんの芝居は本当に圧倒的で、撮りながらすごく心が動きました。これは良いものが撮れているんじゃないかと、僕だけではなくスタッフ皆がそう感じるような現場でした。


Q:今回はどのような経緯で熊切監督に依頼が来たのでしょうか。


熊切:これまで何本も一緒にやってきた、オフィス・シロウズの松田広子プロデューサーから打診がありました。僕が過去に撮った『ノン子36歳 (家事手伝い)』(08)のヒロインに似た、ちょっと不器用な女性が主人公の映画だけど、興味はあるかと。予算のない映画だけど、ロードムービーをやると。(予算がないと)ロードムービーって結構大変なのですが、実現化出来るように脚本を直せるのであれば、やってみたいですとお伝えしました。


Q:脚本を読んだ感想はいかがでしたか。


熊切:主人公が40過ぎで、コミュ症で後悔がたくさんある女性だったので、何だか応援したくなったんです。こういうヒロインなら描いてみたいと思いました。僕は北海道出身なので、北に向かうということにもすごく惹かれるものがありました。



『658km、陽子の旅』©2022「658km、陽子の旅」製作委員会


Q:撮影にあたり脚本を調整された箇所などはありましたか。


熊切:今回は浪子想というペンネームで、妻と僕と共同で脚本を直しました。ヒロイン像は好きだったのですが、あまり湿っぽい主人公にはしたくなかった。抱えているものは大きいのですが、あまりやりすぎると悲劇のヒロインっぽくなっちゃう。もうちょっと乾いた人といいますか、どこかふてぶてしさがあったり、そこはかとなくユーモアもある感じにしたくて、そこは大きく変えました。他に出てくるキャラクターも、ちょこちょこと直させてもらいました。


Q:ヒロインは就職氷河期世代で監督と近い世代設定です。監督自身「一歩間違えると自分もこうなっていたかもしれない」と話されていますが、共感するものもあったのでしょうか。


熊切:ヒロインの映画といいつつも、性別を超えて自分にもあり得た人生だと思いました。うちの父親は水道屋(配管屋)で、今はすごく応援してくれていますが、当時地元を離れるときは「水は人間にとって必要だけど、映画は必要ない」と言われました(笑)。そんなことも思い出すと、自分が何もなし得なかった場合の人生も全然あり得たと思うんです。そういう部分ではすごく共感できましたね。


Q:陽子の「もう手遅れになってて...」というセリフが印象的でした。そこはご自身の思いを込められているのでしょうか。


熊切:もともとの室井さんの脚本にも心情を吐露するシーンはありました。多少変えてはいますが、僕と妻の中では、より自分たちの気持ちに近づけているところはあると思います。




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