雪が降らなくても撮っていた
Q:ロケーションとそれを切り取るカメラが素晴らしいです。場所はどのように決められたのでしょうか。
熊切:脚本を直す前に、カメラマンの小林くんも連れて一緒にシナリオハンティングに行きました。2泊で東北に行く旅に出て、直感でいろんなところを見て回りました。海のシーンの撮影場所もそのシナハンで見つけたんです。可能な限りあらゆるところを見て、その中から映画のバランスと、もちろんスケジュールも考えて場所を配置していきました。
Q:海で感情を吐露するシーンは素晴らしかったです。撮影は難しかったのではないでしょうか。
熊切:一発勝負ですね。あれはもう菊地さんがそこに賭けてくれたところがあった。芝居がいいのにこっちでミスすることは許されない。段取りをしっかり組んでやりました。ロケハンのときは丁度光が差し込んでいて、そのイメージがあったのですが、撮影当日は曇天になってしまった。でもそれがなんか妙に良くて、ものすごく迫力のあるシーンが撮れたと思っています。
Q:北に向かうに従い徐々に雪模様になっていきます。その辺りは計算して撮られたのでしょうか。
熊切:理想としてはラストシーンは雪にしたく、脚本上もそう書いていました。これは本当に奇跡としか言いようがないのですが、理想通りに撮影日に雪が降ってくれました。撮影日の明け方、ホテルで目が覚めるとシーンとしていたので「あ、これは降ったな」と。雪が積もると音を吸収するので静かになるんです。こういうのははしゃぐと雪が止んでしまうので「粛々とやりましょう」と皆に言って撮影しました。
Q:もし雪が降っていなかったら、撮影は延期されたのでしょうか。
熊切:いや、延期できるような余裕はなかったので、たぶん雪が降ってない終わり方になっていたと思います。
『658km、陽子の旅』©2022「658km、陽子の旅」製作委員会
Q:撮影の小林拓さんはこれが映画デビューと思えないほど、堂々とした画を作っていました。
熊切:彼は近藤龍人くんの助手だったので以前からよく知っていて、人としてもすごく信頼していました。この作品の前にNHKドラマを一緒にやったのですが、そのときに主演だった市川実日子さんをすごく綺麗に撮ってくれた。今回は陽子が徐々に綺麗に見えて欲しかったので、女性を上手に撮る小林くんがいいんじゃないかなと。彼の撮る画は硬質なようでいて、ちょっと柔らかいんです。そこがなんか好きなんですよね。
Q:常に動くカメラワークも印象的でした。その辺は意図するものはありましたか?
熊切:前のドラマのときはもっと動いていたので、「今回はあんまり動かないでおこうか」と言ったような気がします(笑)。結構長回しが多かったので、空間の中で人物をどう動かすかを僕がやり、それをうまくフレームで追ってくれました。