20年ぶりの菊地凛子との仕事
Q:たった1日のヒッチハイクを通して、少しずつ変わっていく菊地凛子さんが圧巻です。どんな話をされましたか。
熊切:これまで陽子が辿ってきた、映画には描かれていないバックストーリーみたいなものは事前に渡しました。それで気になるところがあれば質問してもらい、それに答えるというやりとりはありましたが、ものすごく話し込んだという訳でもなく、僕がどういう人物を描こうとしているかは、最初から理解してくれていました。何だか不思議なのですが、20年以上ぶりに仕事をしたのに、初日でもうしっくりきちゃった(笑)。阿吽の呼吸で伝わったんです。
20数年前に『空の穴』(01)を撮ったときは、まだそんなにキャリアの無かった菊地さんは、芝居というよりも素に近い感じで、ボソボソと何を言っているのかわからないような感じで喋っていました。当時は、「これだとセリフを拾えないよ!」と録音部からNGが出ていたくらいです(笑)。僕はそれがすごく面白かったのですが、まだ1作目で技術的なことも分からなかったので、「無理のない範囲で声を張って」と撮り直しました。でも今回はそれをちゃんとやりたかった。何としてでもセリフを拾うからと、あのボソボソ喋る感じをもう一度やってもらいました。今回も当時と同じ録音技師さんだったので、「菊地のあの喋り方を、何としてでも拾ってください!」と最初からお願いしてやってもらいました。
『658km、陽子の旅』©2022「658km、陽子の旅」製作委員会
Q:オダギリジョーさん演じる父親は、陽子と同年代の姿形で出てきます。それは脚本段階から決まっていたのでしょうか。
熊切:父の幻と旅をしてゆくというのは室井さんの元の脚本にはなく、うちの妻のアイデアだったと思います。自分の印象に残っている20数年前の姿で父親が出てくるというのは、ある意味すごく残酷ですが、映画としては面白いんじゃないかと。
Q:そこにオダギリさんがとてもハマっていました。
熊切:オダギリくんはなぜか最初からイメージがあったんです。菊地さんの父親ということで、あまりおじさんっぽくなくて、ちょっと美しい人がいいなぁと思っていました。オダギリくんの、のらりくらりした感じと、いつもニヤニヤ笑いながらタバコを吸ってる父親のイメージが重なったので、オダギリさんがいいねと妻とは脚本段階から言っていました。