若手俳優である須藤蓮が監督・主演を手掛け、渡辺あやが脚本を手掛けた映画『逆光』(21)。約60分の自主映画ながら、その瑞々しい世界観は初監督作とは思えぬ完成度を誇っていた。須藤は『逆光』の配給・宣伝にまで携わり、映画のロケ地である広島の映画館から上映をスタートさせ、東京での上映も成功を収めている。
そんな須藤が脚本・監督・主演を手掛けた最新作が『ABYSS アビス』だ。『逆光』よりも先に企画を始めたという本作は、初期衝動のような歪さを内に秘めながら、物語の舞台となる渋谷を鮮烈に描きだす。洗練された完成度を誇った前作『逆光』とは対照的だ。今回は須藤自身が脚本を手掛けたという点を鑑みると、ある意味『ABYSS アビス』も初作品と言えるのかもしれない。
須藤蓮はいかにして『ABYSS アビス』を生み出したのか?話を伺った。
『ABYSS アビス』あらすじ
渋谷のバーでバイトをしながら暮らす23歳のケイ(須藤蓮)。ある日、行方不明だった兄が故郷の海で自殺したと報せが届く。葬儀でかつて兄に乱暴されていた女ルミ(佐々木ありさ)と出会い、ケイは強く惹かれていく。その後、偶然の再会をした二人、傷つくケイに手を差し伸べたのはルミだった。ケイはルミに安らぎを覚え、ますます想いを強くする。しかしあるとき、ケイにルミの全てを知られることになり、ルミはケイの目のまえから姿を消した。しばらくして突然ケイの元に戻ってきたルミは身も心も傷だらけだった――。そこから二人の逃避行が始まる。
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自分にあるものを映画化するしかなかった
Q:企画・脚本はいつから、どのように始めたのでしょうか。
須藤:『逆光』(21)の2年くらい前から企画は始めました。渡辺あやさんと一緒に企画会議をしていたのですが、僕が自分の兄の話をすることが多かったんです。それであやさんから「その兄弟の話をそのまま映画にするしかないんじゃない?」と。劇中の兄とのエピソードは実話ではありませんが、話の核には自分の思いがある。兄への思いから出発している映画ですね。
Q:渡辺あやさんとの共同脚本となっていますが、具体的にどのように作業されたのでしょうか。
須藤:今言った企画会議で「何について書くといいですか?」と相談から始め、アドバイスをもらっていました。脚本なんてほとんど書いたことがない状態で始めたので、とにかく書いてはあやさんに送り、師匠にぶつかり稽古しているような感覚でした(笑)。
『ABYSS アビス』(C)映画『ABYSS アビス』製作委員会
Q:夜の渋谷のデティールがしっかり描きこまれていますが、リサーチなどはされたのでしょうか。
須藤:リサーチや取材はあまりしていません。渋谷で遊んだり働いたりした経験をベースに、自分の引き出しの中から作っていった感じです。誇張した部分もありますが。出てくるキャラクターは実体験に基づく“あの人”です(笑)。『逆光』がムードや妄想を膨らませて作った作品だとすると、『ABYSS アビス』の方は自分から湧き出てくるエネルギーを昇華させた作品。自分と向き合い、もがき、自分の中にあるものを映画にするしか選択肢がなかったんです。
Q:撮影などの現場も『逆光』の時とは違いましたか。
須藤:全然違いましたね。『逆光』のときってあまりもがいてないんですよ。当時は“ムード”というゴールがあって、そのムードを表現するために、自分の好きなものを詰め合わせていく感覚。一方で『ABYSS アビス』のときは、迷いつつ撮りつつ探していった感じがします。
『逆光』の脚本は渡辺あやさんが書いていたので、カット割りも作りやすいし、衣装もイメージしやすい。設計図がいいので自分の力があまり必要とされず、何となく車の助手席に乗っているような感覚がありました。脚本の完成度を比べると『ABYSS アビス』の方が『逆光』よりはるかに荒削り。映画監督としての自分の実力に近いですね。その荒削りな脚本から、自分がやりたいことを捻り出していくような、力業で完成させたところがあります。ものすごく筋力がいる映画でした。