出られない図書館を舞台に描く、 目に見えないものに紐付けられた若者たちの物語。舞台となるのは、世界的な建築家の隈研吾が手掛けた、村上春樹ライブラリー。村上文学をイメージした迷宮的空間で全編撮影された『ピアニストを待ちながら』は、この村上春樹ライブラリー(早稲田大学国際文学館)の開館記念映画として製作された短編をもとに、約1時間の劇場公開(ディレクターズカット)版として完成された作品だ。
監督は今年デビュー20周年を迎える七里圭。そして、主演を務めたのは井之脇海。不条理な世界を舞台に、演劇的アプローチで描かれる本作に対し、井之脇海はどう挑んだのか。実際に本作の撮影が行われた村上春樹ライブラリーにて、井之脇本人に話を伺った。
『ピアニストを待ちながら』あらすじ
真夜中の図書館で目を覚ました瞬介(井之脇海)は、なぜか外に出られぬまま、旧友の行人(大友一生)、貴織(木竜麻生)と再会する。いつまでも明けない夜、学生時代の演劇仲間だった3人は、かつて上演できなかった芝居の稽古を始める。それは行人が作演するはずだった「ピアニストを待ちながら」であったーー。
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村上春樹ライブラリーに漂っていたもの
Q:説明を極力省いた不条理劇のようでしたが、脚本を読んだ印象はいかがでしたか。
井之脇:正直、難解だなと思いました(笑)。脚本をもらってすぐに読んだのですが、一度読んだだけでは理解が出来ず何度か繰り返し読みました。そうやって何度も読んでいくと、閉ざされた空間にいる人たちの葛藤や、SNSで繋がることが当たり前になっている世の中で、それを急に取り上げられた人たちの居心地の悪さなどが、感じられるようになっていきました。
Q:監督から説明などはあったのでしょうか。
井之脇:七里さんはすぐには答えを教えてくれず、自分で考えさせる方でした。役者から新しいアイデアを見つけようとする感じもありました。とにかくリハーサルを重ね、皆で話し合いながら答えを探していった感じでしたね。ただ、村上春樹さんの世界観が常に漂っていること、「ゴドーを待ちながら」を意識していることだけは、七里さんからアドバイスとしてありました。
Q:まさにこの場所にいると、村上春樹さんの世界が漂っている感じはしますね。
井之脇:そこに羊がいたりしますからね(笑)。洗練された空間であることも含めて、ここが村上春樹ライブラリーだからこそ、その匂いみたいなものは撮影中常に感じていました。今回はSF的な設定ではありますが、決してSFを見せたいわけではなく、その設定下に置かれた人間がどう葛藤していくのかを表現したい。そこは村上さんの世界にも通じるものがあるなと。
『ピアニストを待ちながら』井之脇海
Q:この建物自体も物語にうまくハマっていた感じがあり、言葉で語らずともしっかりと描かれていました。
井之脇:七里さんは優れた映像作家であり映画監督です。現場でそう感じました。リハーサルでは芝居のことが中心でしたが、現場の撮影では、建物の使い方や、光と影に相当こだわっていました。建物が一つの登場人物になっていますし、影に意味を持たせて人物像を膨らませている。完成した画も面白かったですね。
Q:演じられた瞬介は、物腰の柔らかさや佇まいなど村上作品に出て来そうな感じがありました。
井之脇:僕自身、村上さんのファンでして、村上作品を読んだ男性は「これは俺の話なんじゃないか?」と感じている方が多いと思いますが(笑)、まさに僕もその1人。だから今の言葉は素直に嬉しいです。瞬介は物腰は柔らかいものの、グズグズして先に進めない感じもある。そこは村上作品に通じるものがあるかもしれません。演じているときに村上作品を意識していたわけではありませんが、結果そう見えていたのは嬉しいですね。