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『お引越し 4Kリマスター版』撮影監督/4K監修:栗田豊通 公開から30年、今も続く創造性【CINEMORE ACADEMY Vol.35】
公開から30年、今も続く創造性
Q:今回、4Kのデジタルリマスターを手がけるにあたり、栗田さんの中での指標はどのようなものでしたか。やはり当時劇場で上映されたプリントに近づけることだったのでしょうか。
栗田:もちろん当時作られたプリントは参考にしていますが、リマスターに関してはいくつか考えていることがあります。まず、「フォトケミカル」という化学プロセスを使ったフィルムと、デジタルは異なるメディアだということ。そこにはフィルムの表現からデジタル上の表現への「再構成」が必要だと思うのです。その上で、大手映画会社が作ったクラシックとして評価の定まっているような作品は、当時の各撮影所が作り上げてきた画調と、その作品が持つ固有のトーンをできるだけ忠実に再現するのが良いだろうということ。一方でこの作品に関しては、監督とともに関わってきた僕がまだアクティブであるので、この映画の創造のプロセスは続いているということです。
映画の各課程における創造性は作っていくプロセスの様々な場所で発生します。まずは撮影の準備、ここで色々とリサーチしロケハンに行き、撮影のコンセプトを考えていく。そして撮影になるわけですが、現場では私の場合直感で動くことが多く、想像もしなかったものが写り込んでくることがある。そして、編集され音がつくことにより、現場で撮っていたものとは、また違う意味合いを持つようになる。さらにフィルムの場合は、タイミングという作業により色調整を施され、新たな姿に生まれ変わる。そうやって映画作りの創造性は、そのプロセスの中で常に生成展開していくものだと思っています。
そして今回、デジタル化という新たなプロセスが発生することによって、この映画の創造のプロセスは僕の中ではまだ続いています。当時の相米さんは何を考えていたのか、そして当時の僕は何を考えていたのか、それらを振り返り考えながらさらに当時とは違う現在の自分がデジタル化する。このような作業を通して、この映画は更にまた展開していく、と思っているのです。
これは、クラシックな作品を当時のまま再現しようとする考え方とは違っているのだと思います。デジタルという表現媒体を新たに使うことによって、作品の見え方が再構成されてまた次の段階に進んでいく。そこに僕が加わることの意味があるのだと思います。相米さんの「お前はそれでいいのか?」「お前がそれでいいというなら、いいんだよ!」という声を聞きながら。
『お引越し 4Kリマスター版』ⓒ1993/2023讀賣テレビ放送株式会社
Q:最初で最後の相米作品でしたが、相米監督とのお仕事はいかがでしたか。
栗田:相米さんはお互い助手時代から知っていて、いつか一緒にやりたいと思っていました。それがこの映画で初めて実現するわけですが、相米さんは映画監督として変わっていきたい時期だったのかもしれません。僕を呼んだのもそれが理由だったのではないかと思っています。
撮影にあたっては、いくつか課題がありました。一つは私がやっている撮影監督という方式です。日本映画の現場では、撮影と照明とで役割分担が分かれています。相米さんはそれまでずっと熊谷秀夫さんというベテランの照明技師の方と一緒にやっていて、カメラマンはいろいろ変わっても、照明は常に熊谷さんが担当されていました。一方で僕がやっている撮影監督方式では、カメラマンが照明と撮影をコントロールし、最初から最後までの映画撮影という一貫した仕事に責任を持つをことになります。それを熊谷さんにお会いして説明し理解していただきました。
また相米さんとそれまで一緒にやっていた助監督の榎戸耕史さんに、これまでの撮影の様子を聞いてみました。榎戸さん曰く「相米さんはカメラについては何も言わないよ」とのこと。ただし、相米さんはレンズのことはよく分かっていましたね。ぜひこの写真を見ていただきたいのですが、この写真を見ると現場の様子がよくわかると思います。
『お引越し 4Kリマスター版』ⓒ1993/2023讀賣テレビ放送株式会社
カメラをのぞいているのが僕で、相米さんがレンズの近くにいますよね。何故かというと、ここがベストポジションだからです。カメラには何が写っているか、人と人がどう重なっているかも含めて、レンズの近くで見るんです。監督である相米さんはこうして俳優と対峙している。俳優もこのように見られて演技をしている。そしてカメラを囲んで皆が集中して、それぞれの頭の中に映像を浮かべている。こうやって現場では、全員が撮っている方向を見ていました。今は違っていて、皆モニターを見ていますよね。これはスタッフが撮られている映像を即時に共有でき、ラッシュを見る必要もない便利な機能なのですが、一方で失われたものもあると思います。