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『お引越し 4Kリマスター版』撮影監督/4K監修:栗田豊通 公開から30年、今も続く創造性【CINEMORE ACADEMY Vol.35】
没後20年以上が経った今も注目され、その評価が続いている相米慎二監督。13本の作品キャリアのなかでも最も成熟した時期につくられたと言われる『お引越し』(93)が、この度4Kリマスター修復されスクリーンによみがえる。監修を手がけたのは同作品の撮影監督である栗田豊通氏。ハリウッドではロバート・アルトマンやアラン・ルドルフ、日本では大島渚や三池崇など、日米の巨匠たちとの仕事をこなしてきた栗田氏は、いかにして『お引越し』を現代によみがえらせたのか。また、当時の相米監督との現場はいかなるものだったのか。栗田氏に話を伺った。
なお今回の取材は、4Kリマスターが行われた株式会社クープのスタジオにて実施され、同社テクニカルスーパーバイザーの今塚誠氏にも同席いただいた。
『お引越し』あらすじ
京都に住む明るく元気な小学6年生、レンコ(田畑智子)。父ケンイチ(中井貴一)が家を出て、母ナズナ(桜田淳子)との二人暮らしが始まった。ナズナは新生活のための規則を作るが、レンコは変わっていこうとするナズナの気持ちがわからない。離婚届を隠したり、自宅で籠城作戦を決行したり、果てにはかつて家族で訪れた琵琶湖への小旅行を勝手に手配する…。
※本記事は物語の後半部分に触れています。映画未見の方はご注意ください。
Index
フィルムからデジタルへ
Q:実際の作業はどのようにして始められたのでしょうか。
栗田:2KのDCP化の作業は、ここ、クープさんで行われていました。つまりフィルムのスキャンもこちらで済んでいるのであれば、そのスキャンデータを使ってグレーディング作業が出来る。それで今回はクープさんにお願いすることになりました。
Q:では2Kのデジタル化の際にスキャンして傷などを消した(レストアした)データを、今回も活用されたのでしょうか。
今塚:前回は5Kのスキャンデータから2Kにダウンコンバートしてレストア処理を行っていたため、今回は新たに4Kでレストアをやり直す必要がありました。粒子軽減なども含めて栗田さんに監修していいただき、再度レストアを行う事になりましたが、当初栗田さんはロスへ戻られていたため、オンラインで打合せ等を行い作業を進めました。
栗田:デジタル化の技術は、ここ数年驚くほどの早さで進んでいます。僕が尊敬するカラリストのピーター・ドイルさんのレクチャーを聞くと、デジタル化の際にはドルビービジョンの対応をしておくのが良いと言う。オリジナルネガの情報をもとに、自分たちの表現意図が反映されたデジタルマスターを現時点で一番良い状態で作っておけば、そこからいろんな用途に応じてフォーマットを作ることが出来るのだと。
明部と暗部の階調のグラフを比べると分かりやすいのですが、ドルビービジョンとフィルムのカーブは暗部と中間部でほぼ重なってきます。これが普通のDCPだとそうはいかない。通常のデジタルマスターに比べてドルビービジョンの方はハイライトと暗部そして色の情報がしっかり入っている。明るさと暗さの表現の幅が変わってくるんです。僕が欲しかったのは暗部の表現と色情報の豊富さでした。それでドルビービジョンを希望したのですが、色々な事情もあって、最終的には “HDR10”という規格でやることになりました。
『お引越し 4Kリマスター版』ⓒ1993/2023讀賣テレビ放送株式会社
今塚:HDR10は現在最も多く使われている規格の一つで色深度は10bitの仕様となります。一方、ドルビービジョンは12bitの色深度仕様となり、10bitの4倍も緻密に表現できますが多少の作業フローは変更が必要となります。今回は今後の運用も踏まえHDR10で進める事になりました。
Q:フィルムの粒子もうっすら感じますが、その加減はどのようにされたのでしょうか。
栗田:それは面白い指摘ですね。実は粒子をあまり出さないようにするのが撮影当時のコンセプトでした。撮影前に色々とテストをした結果、コダックの5293と5296という2種類のフィルムを使うことにしました。5293は当時発売されたばかりで、粒子があまり出なくてスキントーンがとても良かった。一方でこの映画はナイトシーンもあるため、5293を使うには光量が足りない。それでより高感度な5296も使うことにしました。現像の際は増感*もしませんでしたから、その分粒子は抑えられています。増感するとどうしても粒子が出てきてしまう。現場では光量を少しオーバーめにして撮りましたので、その点でも粒子は抑えられています。そうやって、フィルムの選択から露出やライティング、現像過程まで、とにかく粒子は抑えていたため、今回のデジタル化でも粒子は極力出さないようにしました。
今はまさに過渡期なので、デジタル全盛とはいえフィルムの記憶がある人たちもいる。粒子があった方がフィルムらしいと感じ、粒子に目がいく人がいるのも理解できます。
*)実際のフィルムの感度よりも明るく現像すること。
『お引越し 4Kリマスター版』ⓒ1993/2023讀賣テレビ放送株式会社
Q:デジタルカメラの進化がすごい一方で、フィルムの方も進化していて、どんどん綺麗になっている印象があります。フィルムで撮られていても今は粒子を感じることが少ない気がしますし、もはやデジタルで撮られているのかフィルムで撮られているのか、その違いはほとんど分かりません。目ざとく見ると、デジタルの場合は屋内シーンでのハイライトの部分で、その階調の粗さが気になるくらいかなと。
栗田:確かにデジタルカメラはものすごく進化しています。その性能も様々で、例えば、フィルムカメラを作っていたARRIが出したデジタルカメラ(Alexa)のセンサーは、他のデジタルカメラとはちょっと違っています。ARRIは初期の頃から、解像度を上げることよりも、ラティチュード(階調)の幅を拡げることにプライオリティを置いていました。その方が画はフィルムに近くなる、という考え方ですね。実際、Alexaの階調のカーブなどはフィルムのそれに近いですね。
以前のデジタルっぽい画になってしまうカメラは、解像度や感度は高くなって暗いところでも撮れるようになった一方で、ハイライトが飛んでしまっている。デジタルカメラが持つ機能の考え方の違いで、その差が出ているように思います。今はもう4Kが当たり前で、次は8Kにいこうかという状況ですが、解像度だけではなく、やはりラティチュード、特にハイライトの出し方はポイントかなと思います。