キャストとスタッフが持った同じ感覚
Q:「場所は用意するので、そこで生きてください」という監督の言葉が印象的でした。現場での演出はいかがでしたか。
安達:そのとおりで、何にもしていません。すみません(笑)。
富田:具体的な演出は本当になかったですね(笑)。その場で起きたことを灯が感じるのと同じように、もじりさんとスタッフも一緒に感じてくれているような感覚がありました。印象的だったのは、もじりさんが本番前に必ず目を合わせに来てくれたところ。普段はモニターの前にいるもじりさんが、カメラ前まで来て私と目を合わせてからモニターの方に戻っていく。それはプレッシャーをかけに来ているのではなく、「ちゃんと見つめているからね」という安心感をくれる時間でした。
『港に灯がともる』©Minato Studio 2025
Q:現場での演出はなかったとのことですが、監督から富田さんに役柄などについて話されたことはありましたか。
安達:もちろん役の設定や来歴などはお伝えしていますが、双極性障害に関する専門的な話や、在日コリアンの方々の歴史などは特に話していません。むしろ「神戸で生活をするということを、とにかく大事にしてください」と伝えて、実際に撮影の1週間ぐらい前から神戸に住んでもらいました。撮影に入った最初の2~3日は、富田さんと呼吸を合わせていくことを探る時間がありましたが、すぐに「本番1回の撮影でリテイクはほぼ無し」というルールのようなものが自然と出来ていました。灯が神戸で生きる時間を撮りたいので、なるべく本番は1回でやりたいなと。
撮影前に読み合わせを一度やったのですが、それがなかなか良い時間だったと思います。そこで灯が感じたことを一緒に感じることができたので、そこの共通感覚だけを持って現場に臨んでいました。また、有難いことにほぼ順撮りで撮ることが出来たので、同じ時間をまた頭から経験していくことが可能となり、灯が生きた時間をスタッフキャスト全員で感じながら、撮っていけた気がします。
富田:毎日撮影が終わった後は神戸の街に出て、もじりさんやスタッフの皆さんとその日一日のことを振り返る時間を過ごしました。私が灯として感じたことを話すと、皆さんもそれと同じ感覚を持っていてくれた。だから現場に対する安心感がとても大きかったです。とにかくとことん見つめてくれているという、監督含め全スタッフへの信頼がある中で撮影を進めていたので、すごく良い“もの作り”が出来たなという感覚があります。