エンターテインメントと社会的コンテクスト
Q:新型コロナウイルスは収まりましたが、当時露呈した人間の行動原理は収まるどころか更に悪化している気がします。この映画を見てそのことに気付かされました。
関根:現実がこの映画を凌駕していくようなことがどんどん起きていますが、僕らはそういう時代に生きていることを自覚する必要がある。例えば、僕らはメディアリテラシーみたいなことを学校では学びませんでしたが、今はちゃんと学ばないと非常に危険。情報を信じて良いのかどうか、そのエビデンスもなく、それらが根っこからグチャグチャにされているような世界の中で、自分たちはどうやって生きていくのか。特に若い人たちはその羅針盤を立てようがなくなってしまう。いろんな情報が錯綜する中で、「こういう事実がありました」とちゃんと確認して、それに基づいて「では自分たちはどうしていこう?」と議論していかざるを得ない。いま世界で起きていることも含めて、これからどうやって社会の中で生きていくべきか。その準備として、こういう作品が少しでも役に立ってくれたら嬉しいですね。
『フロントライン』© 2025「フロントライン」製作委員会
Q:本作は関根監督の一つのターニングポイントになりそうな気がしましたが、完成してみていかがですか。
関根:この作品は、僕だけではなく色んな人たちのベンチマークになってくれたら嬉しいなと思っています。自分の中では抜擢していただいたという気持ちもあるし、こういう大きなプロジェクトに取り組むことは、人生でもそんなにあるとは思っていません。こんなに大きな映画で、エンターテインメントだけではなく社会的なコンテクストが入り、皆で考えるところがあるものにチャレンジ出来たのは、非常に大きなことでした。俳優の皆さんの思いのかけ方も含めて、ちゃんと映画として表現していくべきことを皆で成し遂げられたのは、とても大きな達成感がありました。
Q:社会的に大きな影響をもたらした出来事とエンターテイメントを両立させるバランスは、非常に難しかったのではないかと思いますが、実際いかがでしたか。
関根:そのバランスは本当に難しいだろうなと思っていたので、繊細に考えつつ皆で話し合いながら作っていきました。増本さんとも会話を重ねましたし、俳優さんたちの意見も反映しました。実際、多くの人がとてつもない経験をした出来事の発端になったことでもあるので、いろんな人たちの思いをちゃんと反映できるか。その繊細なバランスを皆と話し合いながら作っていくのはとても大変でしたが、非常に楽しくもある作品でした。
Q:今後はどのような映画を作っていきたいですか。
関根:ソーシャルイシューのようなコンテクストは、どうしても気になるのですが(笑)、少しそこを離れて、自分自身の表現に立ち戻って作品を作り続けたいと思います。
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監督:関根光才
映画監督・映像作家。CM・MV・ビデオアートの監督としてキャリアを始め、HONDA「Ayton Senna1989」(2014)は仏カンヌライオンズのグランプリを受賞。福島原発事故以降は様々な社会活動に従事、難民問題、反戦など様々な社会問題の映像作品に取り組む。2018年より長編映画に携わり、躁鬱の女性の葛藤を描く初作品「生きてるだけで、愛。」では新藤兼人賞・銀賞を受賞。同年、長編ドキュメンタリーとして芸術家・岡本太郎から日本社会を紐解く「太陽の塔」(2018)も公開。以降、劇映画とドキュメンタリーを並行して作り続け、認知症や児童虐待の記憶から再生する擬似家族を描いた「かくしごと」(2024)や、服飾産業と廃棄服の問題に取り組むファッションデザイナー中里唯馬を追った「燃えるドレスを紡いで」(2024)を発表、同作は米トライベッカ映画祭にてHuman/Nature賞を受賞している。2025年、新型コロナウイルスが蔓延した客船の実話を映画化した「フロントライン」が公開。
取材・文: 香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
撮影:青木一成
『フロントライン』
6月13日(金)全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画
© 2025「フロントライン」製作委員会