尊重したのは、母親である相馬さんの意見
Q:自主制作映画ですが、ちゃんとインティマシー・コーディネーターが入っていたことも印象的でした。
中嶋:インティマシー・コーディネーターを入れようと提案してくれたのはプロデューサーの亀山睦木さんでした。それでお願いすることにしたのですが、インティマシー・コーディネーターの西山ももこさんに言われてハッとしたのが、「殺陣を撮るときはアクション監督がいるのに、ベッドシーンにはなぜ専門のスタッフがいないのか」ということ。以前に撮った映画では男同士のベッドシーンがあったのですが、そのときはケアが足らなかったなと…。今回はすごく勉強になりました。
相馬:性的なシーンだけではなく、私がシャワーを浴びるようなシーンでも丁寧にケアしていただきました。少しでも露出があるシーンでは、都度ケアしていただきました。
Q:お二人が普段感じている社会への違和感をこうして映画化されました。この映画が担うものへの思いがあれば教えてください。
相馬:最初に企画していたときのイメージと、実際に完成した映画では結構違っていました。すごく良くなっていたんです。企画当初はまだ私に子供がいなかったのですが、撮影時期がずれたため、私が出産して育児を始めるのと、この映画作りがちょうど並行するような感じになった。実際の育児で感じたことは都度中嶋さんにお伝えし映画に反映していきました。育児をしているからこそわかる感覚みたいなものが、企画段階ではまだ芽生えていなかったんです。実際の感覚がこの映画に入ることによって、より共感を得られる作品になったのだと思います。
『はらむひとびと』©はらむひとびとパートナーズ
中嶋:本作で言いたかったことは二つあって、一つは「子供の車内置き去り事件」についてです。こういった事件が起こった時は、置き去りにした母親がすごく責められるですが、置き去りが起こってしまった要因は本当に母親だけなのか。いろんな要因があって事件が起きているのではないか。それをこの映画を通じて問いかけたかった。
もう一つは『はらむひとびと』というタイトルに込めた思いです。最初にお話をいただいたときのタイトルは、漢字で『孕む』というものでした。『孕む』という漢字にちょっと圧を感じて苦手に思ってしまったので、『孕む』という言葉をひらがなにして、「母親だけではないぞ」という意味も込めて『はらむひとびと』というタイトルにしました。この「ひとびと」は、亜湖と郁美だけではなく俊介と雅人も含めた4人を指しています。映画の中では、この男性2人も色んな意味での「孕む」経験をしていく。そういったあらゆる要素を、1本の映画としてまとめたい思いがありました。
そして、相馬さんが母親であることもすごく大きかったですね。母親である相馬さんの意見は絶対に尊重したかった。自分の表現を優先するのではなく、相馬さんとディスカッションしながらこの映画を作ることができたのは、自分にとって大きな成長だったと思います。
相馬:いっぱいいっぱいになっているお母さんは世の中にたくさんいると思います。そんな状況だと、少しのボタンの掛け違いで悲惨な事件が起こってしまう。この映画で描かれていることは、誰にでも起こりうること。いっぱいいっぱいになっているときは、声を掛けてもらえるだけでちょっと心が軽くなる。そんな小さなことがあるだけで、悲惨な事件が防げるかもしれない。そういうことが伝わって欲しいですね。
監督/脚本/編集/製作:中嶋駿介
映画監督/CMディレクター。1987年、富山県氷見市出身。東京造形大学大学院にて諏訪敦彦監督に師事。2012年に広告制作会社に入社し、以降CMディレクターとしてナショナルクライアントや、ヒップホップユニットCreepy NutsのMV等を手掛ける。バイセクシャル当事者であり、自身や他者の“痛み”をテーマに映画制作を行う。中学時代の同性との性体験から着想を得た、中編映画『Share the Pain』が2020年に池袋シネマ・ロサにて劇場公開。2024年、短編映画『empty』が、第32回レインダンス映画祭に正式出品された。
主演/企画プロデュース:相馬有紀実
青森出身。『マイボス☆マイヒーロー』レギュラー早乙女唯役で本格デビュー。ドラマ『ハコヅメ』や映画『キッズリターン再会の時』『愚行録』など様々な作品に出演。24年にはドラマ『アンメット』の加瀬美代子役やドラマ『無能の鷹』レギュラー白鳥京香など話題作に続々出演し、映画『じょっぱり~看護の人花田ミキ』ではメインキャストとして地元の津軽弁で鈴木治子役を演じる。25年はドラマ『プライべートバンカー』『風のふく島』『夫よ、死んでくれないか』他、ドラマ、映画、MV等公開作品を多数控えている。NHK『高校講座2.0』のレポーターや JR東日本『MY FIRST AOMORI』のナレーション、10年以上務める「ちふれ化粧品」のサウンドロゴなど、俳優業以外にも幅広く活動している。
取材・文:香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
撮影:青木一成
『はらむひとびと』
7月11日(金)より新宿武蔵野館ほか順次全国公開
配給:FIKA FILM
©はらむひとびとパートナーズ