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『アイム・スティル・ヒア』ウォルター・サレス監督 喜びとともに生きることは抵抗の形【Director’s Interview Vol.507】

©Sofia Paciullo

『アイム・スティル・ヒア』ウォルター・サレス監督 喜びとともに生きることは抵抗の形【Director’s Interview Vol.507】

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アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞するとともに、主演のフェルナンダ・トーレスがゴールデン・グローブ賞(ドラマ部門)の主演女優賞に輝いてブラジルを熱狂させた、ウォルター・サレス12年ぶりの長編フィクションが『アイム・スティル・ヒア』(24)だ。


1971年、ブラジルの軍事独裁政権下で拘束された後、消息を絶った(その後拷問を受けて死亡したことが確認された)政治家、ルーベンス・パイヴァの実話を、妻の視点から語る。家族と実際に交流のあったサレスはルーベンスの実子マルセロが出版した本をもとに、この痛烈な悲劇を、愛情あふれる家族の姿を映しながら、静かに、力強く描写。表面的に穏やかだからこそ、彼らの微笑みの裏にある悲しみ、怒りが伝わってくる。名匠と呼ぶに相応しいみごとな手さばきを見せたサレス監督に、その胸中を語ってもらった。



『アイム・スティル・ヒア』あらすじ

1970年代、軍事独裁政権が支配するブラジル。元国会議員ルーベンス・パイヴァとその妻エウニセは、5人の子どもたちと共にリオデジャネイロで穏やかな暮らしを送っていた。しかしスイス大使誘拐事件を機に空気は一変、軍の抑圧は市民へと雪崩のように押し寄せる。ある日、ルーベンスは軍に連行され、そのまま消息を絶つ。突然、夫を奪われたエウニセは、必死にその行方を追い続けるが、やがて彼女自身も軍に拘束され、過酷な尋問を受けることとなる。数日後に釈放されたものの、夫の消息は一切知らされなかった。沈黙と闘志の狭間で、それでも彼女は夫の名を呼び続けた――。自由を奪われ、絶望の淵に立たされながらも、エウニセの声はやがて、時代を揺るがす静かな力へと変わっていく。


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映画は忘却に対する解毒剤



Q:本作はあなたの長編フィクションとしては、2012年の『オン・ザ・ロード』以来、じつに12年ぶりとなります。なぜこれほど時間が空いたのでしょうか。そして本作の主人公、ルーベンス・パイヴァの物語をいま語ろうと思った理由を教えてください。


サレス:まず時間が空いた理由ですが、わたしはフィクションを撮り終えた後、いつも自分のルーツであるドキュメンタリーに立ち返ろうとします。それでブラジルのサッカー選手のソクラテスについてのドキュメンタリー・シリーズや、ジャ・ジャンクー監督についてのドキュメンタリーを制作しました。また、ブラジルについてのオリジナルの脚本を2本書いたのですが、制作しようとする頃に現実の状況が変わり、そのプロジェクトの必要性が薄れてしまった。これが映画作りに関する難しいところです。たとえば音楽を作る場合はその時々の出来事を反映させることができますが、映画の場合は未来を予測し、時代と同期し続けなければならない。ともかくそんなこんなで時間が経っていったのです。


そんなとき、友人でルーベンス・パイヴァの息子であるマルセロが2015年に、彼の家族の記憶とブラジルの過去40年の歴史が絡み合った素晴らしい本を出版した。彼はその中で、母親が家族にとっての「沈黙のヒロイン」だったことを語っています。この物語は、わたしが映画に惹かれる要素である個人的な物語と集団的な物語、大きな歴史の中に小さな歴史を融合させることに通じています。それでわたしは二人の若い脚本家とともに文学から映画への変換の試み、つまり映画の脚本を書くことに没頭しました。



『アイム・スティル・ヒア』©2024 VIDEOFILMES / RT FEATURES / GLOBOPLAY / CONSPIRAÇÃO / MACT PRODUCTIONS / ARTE FRANCE CINÉMA


マルセロの本が出版されなかったら、悲劇に直面して自己を再発見する彼の母親の物語が素晴らしいストーリーであるというだけでなく、ブラジル全体で起こったことの反映でもあるとは気づかなかったと思います。彼の本は30年にわたる女性の軌跡を描いている。彼女は最初、男性支配の社会の中で主婦として生き、進歩的な家庭の中で変化し、映画で観るような人物へと変化していきます。そして彼女の旅は、ブラジルが自らを取り戻し、民主主義を築こうとする過程と深く関係している。わたしは個人の旅や小さな人間のドラマが、何かより大きなもの、すなわち動き続ける国や危機に瀕した国と重なる物語に惹かれるのです。『セントラル・ステーション』(98)も『Foreign Land(原題:Terra Estrangeria)』(95)もそうでした。こういった物語を見つけるには時間がかかりますし、キャラクターに忠実でありながら映画的に意味のあるものに仕上げるには時間が必要です。


Q:今のような世の中だからこそ、とくに若い世代がこの物語を知る必要があると思われますか。


サレス:はい、とくに最近は世界中の人々が、民主主義がいかに脆弱であるかを驚きとともに理解し始めていると思います。自分自身もこのプロジェクトを2015年に始めたときは、ブラジルがこれほどディストピア的な現実に突入するとは思ってもみませんでした。最初はブラジルの歴史の一部分に関して、何かとても個人的なことをしたいという必要性を感じただけでしたが、その過程で映画は時代精神についても語るものになりました。


わたしは文学と映画は忘却に対する本当に良い解毒剤だと思います。映画はわたしたちが生きる時代を正確に反映させることができる。ネオレアリズモの映画を観て、イタリアがファシズムの終わりと第二次世界大戦の終わりにどのようであったかを正確に理解できる。わたしはロッセリーニの『無防備都市』(45)や『戦火のかなた』(46)を観て、戦争の傷跡を理解したのです。





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