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『遠い山なみの光』石川慶監督 カズオ・イシグロがくれた映画的アドバイスとは【Director’s Interview Vol.515】

『遠い山なみの光』石川慶監督 カズオ・イシグロがくれた映画的アドバイスとは【Director’s Interview Vol.515】

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カズオ・イシグロ的なキャラクター



Q:三浦友和さん演じる軍国教育に生きていた教師・緒方誠二のエピソードには、隠しきれない戦後の傷跡を感じます。それらをストレートに描くのではなく、観客に思考を促すような作りになっていたところが印象的でした。


石川:そこは結構議論になった部分でした。少し本筋から外れるシーンなので、もっと女性たちに集中した方が良いのではないかという意見もありました。でも、この緒方誠二という男はすごくカズオ・イシグロ的なキャラクターなんです。時代から取り残されて古い価値観に凝り固まっていて、思想だけで言うと悪役みたいなところもありますが、カズオさんの作品ではそういうキャラクターにすごく感情移入させられてしまう。そういう多角的な視点と切り離さないイシグロさんのヒューマニズムみたいなものが、この緒方誠二というキャラクターにすごく表れている。絶対にカットしたくないと思いました。


悦子も緒方と同じ学校で教えていて、当時は2人とも子供たちのために良かれと思って軍国教育を行っていた。それが戦争に負けてガラッと変わり、過去にやってきたことを全て否定することになってしまった。それはそう簡単に受け入れられることではないなと。悦子が長崎に囚われて身動きが取れなかったことと、緒方が囚われていることは実は似通っている気がしていました。緒方が新しい夜明けに完全に敗北するのを見た悦子は、「自分も変わらなきゃいけない」とイギリスへ向かう覚悟がそこで出来るのではないか。物語に直接的に関わっている場面ではありませんでしたが、そういう力学が働いていることを思うと、すごく大事なシーンだったと思います。



『遠い山なみの光』©2025 A Pale View of Hills Film Partners


Q:広瀬すずさんと二階堂ふみさんの化学反応が面白かったですが、撮影前に監督が想像していたものと現場で違いなどはありましたか。


石川:時代的にちょうど小津安二郎以前くらいの感覚がありましたが、実は今回は、小津・成瀬からいかに離れるかが課題としてありました。三浦友和さんには「僕に笠智衆をやれってことじゃないよね」と言われたぐらいでしたから(笑)。そんな中で、長崎弁がひとつの大きなツールになると感じていました。広瀬さん演じる悦子の方に長崎弁を課したのですが、最初の本読みでは二階堂さんが劇中のあの口調(東京弁)で話し始めた。その瞬間に「おっ!このコントラストは面白いかも!?」と思いました。広瀬さんは『宝島』(25)の撮影直後でまだ沖縄弁が抜けないような状態でしたが、多分あの二階堂さんの口調を聞いた瞬間にスイッチが入ったと思いますね。「これは面白くなるぞ」と確信めいたものがありました。


現場での2人は全然違いましたが、一方で何か引力もあった。セリフの意味を通り越して、二人の音を聞いているだけでもすごく面白くて、セッションや二重奏みたいなものが現場で起きていた気がします。刺激的な撮影でしたね。


Q:吉田羊さん演じる悦子役はイギリスのプロダクション主導でオーディションが行われたそうですが、当初は現地俳優の起用を考えられていたのでしょうか。


石川:イギリスのプロダクションが製作に入った時点で、向こうでもちゃんと公開できるものを作らなければならない。それだけで英語のハードルが上がってしまうんです。日本に置き換えると分かりやすいのですが、日本語が辿々しいと気になりますよね。それを踏まえた上で、イギリス国内でアジア系の俳優を探すところから始めました。ただ、なかなか良い方が見つからなかったので、海外でも活躍されている日本の俳優にもお声がけしました。キャリアのある方々に畏れ多くもオーディションテープを送っていただきました。


選ぶに当たっては、“悦子という重み”みたいなものがないと説得力がない。それは決して言葉の問題だけではないなと。オーディションテープを送ってもらった吉田羊さんには、英語云々以前に役者としての魅力や重みがすごく感じられました。イギリスのプロデューサーも同じことを感じていましたね。


Q:当初はイギリス国内で探そうとしていたにも関わらず、吉田羊さんが海外スタッフを納得させたということですね。


石川:それもすごく嬉しかったですね。吉田羊さんは単身ホームステイされてすごく努力されていましたが、向こうに住んでいる俳優の方が英語は上手だし、ブリティッシュアクセントも完璧。でもそれを覆す役者としての器の大きさみたいなものが、向こうのスタッフにダイレクトに伝わった。俳優としての力を感じました。




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監督/脚本/編集:石川慶

1977年6月20日生まれ、愛知県出身。ポーランド国立映画大学で演出を学ぶ。『愚行録』(17)が、ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門に選出されたほか、新藤兼人賞銀賞、ヨコハマ映画祭新人監督賞など受賞。『蜜蜂と遠雷』(19)では、毎日映画コンクール日本映画大賞、日本アカデミー賞優秀作品賞など受賞。2021年には、世界的なSF作家であるケン・リュウ原作の『Arc アーク』を監督。『ある男』(22)は、ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門、釜山国際映画祭ではクロージングに選出され、日本アカデミー賞で最優秀作品賞含む最多8冠を飾るなど、国内外から大きな注目を集めた。



取材・文:香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。


撮影:青木一成




『遠い山なみの光』

全国公開中

配給:ギャガ

©2025 A Pale View of Hills Film Partners

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