カズオ・イシグロの原作を石川慶監督が映画化する。この組合せに納得した人は多いのではないだろうか。世界的作家として圧倒的な知名度をもつカズオ・イシグロだが、脚本、製作総指揮として映画に関わることも多く、一流のフィルムメーカーとしての顔も持っている。フィルムメーカー同士として相対したカズオ・イシグロと石川慶は、いかにして『遠い山なみの光』を映画化したのか。石川監督に話を伺った。
『遠い山なみの光』あらすじ
日本人の母とイギリス人の父を持ち、大学を中退して作家を目指すニキ。彼女は、戦後長崎から渡英してきた母悦子の半生を作品にしたいと考える。娘に乞われ、口を閉ざしてきた過去の記憶を語り始める悦子。それは、戦後復興期の活気溢れる長崎で出会った、佐知子という女性とその幼い娘と過ごしたひと夏の思い出だった。初めて聞く母の話に心揺さぶられるニキ。だが、何かがおかしい。彼女は悦子の語る物語に秘められた<嘘>に気付き始め、やがて思いがけない真実にたどり着く──。
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映画化に必要だった大きな仕掛け
Q:カズオ・イシグロさんの原作についてはどんな印象がありましたか。
石川:カズオ・イシグロさん特有の、“信頼できない語り手”による何でもない話が壮大なミステリーになっていくところが好きなんです。この作品を読んだときも、戦争や家族関係などどこかで繰り返し見てきたような風景が、カズオ・イシグロ・マジックによって全く新しい風景に見えてしまった。そこが新鮮でしたし、すごく映画的なものになるだろうという予感がしました。
Q:原作を脚色するにあたりどんな作業から始めたのでしょうか。
石川:映画化したいと言いつつも、できる確証は全くない状態でのスタートでした。予算もなければ製作会社が決まっているわけでもなく、ましてやカズオさんの許諾が取れているわけでもない。そこでまずは、自分たちがどういう思いでこの原作を映画化したいのか、プロットを書いてカズオさんに送ろうという話になりました。ですが、原作をいい感じに要約したものを送ったところで、カズオさんには響かない。そこで、なぜ今この時代にこの原作を映画化したいのか、それがちゃんと見えるプロットを作ることにしました。
『遠い山なみの光』©2025 A Pale View of Hills Film Partners
40年も前に書かれた原作を今の人たちに届けるためには、それなりに大きな仕掛けが必要になってくる。原作では悦子の語りで全編構成されていますが、映画ではニキを中心に置いた方が良さそうだなと。ニキが悦子の話を聞きながら、何が語られて何が語られなかったのか、その理由も含めて何かを発見していく話に構成し直すことで、今の人たちにも届く話になるのではないか。ニキを取り巻く80年代は、ファッションや音楽から女性運動まで、今につながるものがたくさんある時代。そこを取っ掛かりにすれば、戦争、長崎、50年代といったものと、今の人たちをつなぐことが出来るのではないかと。
そうやって少し踏み込んだ形のプロットをカズオさんに送ったところ、とても気に入ってくださった。このプロジェクトの大きな転換点だったと思います。