話を聞いている側を描く
Q:エピソードを少しずつ丁寧に積み上げていく構成が印象的で、じわじわと心に沁みてきます。ゆっくりしたテンポや、登場人物の振れ幅があまり表に出ないことで、懸念されたことはありましたか。
芳賀:その辺については気になっていたので、最初は話し合いました。だけど撮り始めてからはあまり心配せずに、とにかく話を聞いている側を描こうと決めました。テンポがゆっくりしていると感じるのは、生活の中で起こることを描いているからだと思います。決め台詞や決めになる行動はありませんが、主人公が相手の話をちゃんと聞いた上で、それに影響されて次のシーンが生まれてくる。そこをちゃんと繋いでいこうと。
まじむの感情の起伏が少ないので、伊藤沙莉さんは演じるのが難しかったと仰っていました。ご自身は感情を表すタイプだから、ナイーブ気味な主人公は難しかったそうですが、現場ではめちゃくちゃ上手いなと思って見ていました。
『風のマジム』©2025 映画「風のマジム」 ©原田マハ/講談社
Q:登場人物の“顔”が印象的でした。ただ豆腐を作っているだけなのに、何故こんなにも伝わってくるのかと感動しました。
芳賀:話を聞く側をきちんと撮ることは常に意識していました。今回脚本をお願いした黒川麻衣さんもそういうことを普段から気をつけている方で、実は黒川さんは僕の弟と一緒にずっと劇団をやっていたんです。彼女が携わった舞台をよく見ていたのでわかるのですが、黒川さんはそこがすごく丁寧。舞台では観客の方を向いて決め台詞を言えば成立したりもしますが、今回はそういうものをなるべく使わずに書いている。原作の良さを生かすという意味でも、すごくわかりやすいセリフがあるよりも、それを感じ取ろうとしている人に観客が共感できるものを作りました。
関:実はこの映画は顔の“寄り”がほとんど無いんです。それでもなぜ顔の印象が残っているかというと、さっき監督が言ったように、“アクションをする人”よりも“リアクションをする人”をずっと撮っているからなんです。まじむは周りの人たちに何か言われたことで少しずつ動き出すタイプで、画角としても、誰かの話を聞いているまじむと相手とのツーショットが多いんです。人の話を聞いて何かを感じているまじむに観客は感情移入するため、顔の印象が強いのだと思います。それは、この映画がうまくいっている証拠だと思います。