言葉ではなく姿で伝える
Q:伊波家の3人が本当の家族のように見えて、3人の距離感やお互いを思いあう気持ちのようなものが、空気のように漂っていました。実際の現場はいかがでしたか。
芳賀:本当にその空気がありました。今までずっと住んできたような家があって、そこにあの3人がいるだけで、もう家族の空気になっちゃうんです。もちろんそれは、そう感じさせるレベルの人たちが集まってくれたおかげ。「ここで豆腐を作ってきた」ということを現実化させていく力が、お三方にあるということですね、黒川さんと僕が考えた設定としては、あの豆腐屋はお婆が始めたお店で、今はお爺もいないので1人で頑張っている。お母はお婆をずっと手伝っていて、自分がしたいことを優先してこなかった人。孫のまじむも何となくそれを継ぐのかなという感じだったのが、自分の夢を持ち始めてきた。そこで漂ってきたのが、あの空気かなと。きちんとした環境と、自分が演じる役がどういう人間なのかを理解してくれる役者さんが揃ってくれたからこそ、あの空気が生まれたのだと思います。
『風のマジム』©2025 映画「風のマジム」 ©原田マハ/講談社
関:撮影でお借りした場所がまさに豆腐屋さんで、そこで役者の皆さんに所作指導も受けていただきました。そのおかげもあり、あの場所に根付いていることを受け入れやすかったのかなと。あれがまた違う場所だと、少し空気が変わると思うんです。実際今も営業している豆腐屋さんをお借りできて、同じ敷地内にある居住スペースも撮影場所として使わせていただきました。家の中で撮影したのはほとんどが台所と居間だったので、基本的には3人が一緒にいるところばかりを撮っているんです。それもあって、3人の空気感がより伝わったのかなと。装飾も本当に絶妙で素敵だったので、ずっとここに住んでいる感じが出ていたと思います。
Q:お婆が豆腐を作る姿をまじむに見せることで、言葉ではないもので何かを伝えようとするシーンも素晴らしかったです。
芳賀:あのシーンにはいろんな考え方があって、お婆の意見を言葉でまじむに伝えるという方法もあったかもしれません。ですが、お婆は「作り手のことをしっかり見なさい」と伝えるため自分自身の姿を見せた。あれは黒川さんが考えたのですが、素晴らしいシーンになりましたね。スタッフも、演じている高畑さんも沙莉さんも、シーンの意味合いがしっかり腑に落ちたからこそできたのだと思います。僕の想像を遥かに超えてきたシーンでした。
『風のマジム』©2025 映画「風のマジム」 ©原田マハ/講談社
あの家族には父親が存在しないので、お婆は父親の役目もやる必要がある。あのシーンにはそこも出ていました。バシっと真剣に伝えつつも、最後はニッコリする。実はあれは僕が指示したわけではなく、高畑さんが自らやったことなんです。そこには母性があったのかなと思うのですが、それは撮ってから初めて気づいたことでした。お婆がバシッと一言言って、一拍おいて顔がほぐれる感じ、あれはもう見ていてすごかった。鳥肌が立ちましたし、お店を貸してくれた豆腐屋のご主人も号泣していました。沙莉さんも「お婆の表情にやられた」と言っていましたね。