小説の言葉を実際のセリフへ
Q:芝居の間やトーンなど、村上春樹さんを意識したものはありましたか。
井上:村上ワールド的な読後感って読んだ人それぞれにありますから、それは香りとして残さなきゃいけないだろうなと。そうなるとセリフがとても大事になってくる。山本さんと監督補の渡辺直樹さんがハルキストなので、ちょっとした言葉遣いでも微に入り細に入りディテールを提案してくれるんです(笑)。ただ、それを役者がそのまま話すのは難しい。生身の人間があまり使わない言葉遣いだったりもするので、果たしてそれで目の前の人にちゃんと感情が届いているのだろうかと、そこは非常に気にしていました。
第一章は「日常からちょっと浮いた世界のお話ですよ」という始まり方をしたかったので、あえて小説っぽいセリフにしています。小説の登場人物のような話し方をしつつも、体温は感じさせなければならない。特に岡田さんの役は原作で“からっぽの人”といった書かれ方をされていて、そう見える人になるのは相当難しかったと思います。
『アフター・ザ・クエイク』©2025 Chiaroscuro / NHK / NHKエンタープライズ
Q:ドラマと映画を同時に作るという普段とは違う座組でしたが、手応えはいかがでしたか。
井上:普段は使わない脳みそを使った気がします(笑)。山本さんが紹介してくれるスタッフなど、これまで出会わなかった人たちとの仕事も面白かったし、お互いにいろいろと持ち寄った感じがありました。
山本:井上さんの「人に対する眼差し」や「人に対するポジティブな創作姿勢」が、かなり勉強になりました。もっと人を見なければいけないと気づかされて、本当にいい時間でした。
Q:どこまでがプロデューサーの領域で、どこからが監督の領域なのか、山本さんの中で線引きはありますか。
山本:基本的に映画という作品の所有格は監督だと思っていますが、映画作りは集団作業。僕はカメラマンと同じく監督に寄り添う相棒なわけです。作品をより良いものにするために、監督と一緒に考え続けることをどれだけ出来るか、そこがプロデューサーの力が問われるところ。何か発言する際は、自分の欲求ではなく、その作品がより良くなることだけを考えています。そこから監督と共鳴、共振していく。また、僕は監督の後ろから現場を見ているので、その作品の初めての観客という感覚もあるんです。
Q:影響を受けた好きな映画や監督を教えてください。
山本:パッと出てくるのは日本だと成瀬巳喜男、海外だとフランソワ・トリュフォーですね。二人とも人に対する眼差しがすごく温かい。人を分析して解剖してやろうというのではなく、そこに生きている人をどう映すか、それは自分自身に対する眼差しでもあると思うんです。自分自身と近しい人たちへの信頼感が温かみのあるものとして映画に表れている。成瀬監督が撮る原節子と小津監督が撮る原節子は全然違ったりするのも面白いですよね。トリュフォーには出自も含めてシンパシーを感じていて、『大人は判ってくれない』(59)での自伝的映画に対する思いの込め方には近いものを感じています。あとはヒッチコックが好きなところも同じですね。トリュフォーは最後まで映画小僧だったところが格好いいなと。
井上:たくさんありすぎて選べないな…。僕もヒッチコックは好きですし、(ビターズ・エンドの会議室に並んでいるDVDを見ながら)そこにある『牯嶺街少年殺人事件』(91)とか、『殺人の追憶』(03)とか、ホウ・シャオシェンとかジャ・ジャンクーとか、ビターズ・エンドさんの作品は大体好きですね(笑)。黒澤さんも好きで『天国と地獄』(63)は大好きです。
何度も観直してしまうのはベルナルド・ベルトルッチの『1900年』(76)かな。あれは終わり方も含めてすごく好きですね。民衆の描き方も含めてああいう歴史の描き方って日本にはあまりない。モリコーネの音楽もめちゃくちゃ良いし。あれを撮ったベルトルッチは30歳だったのかと思うと、本当にすごいなと。
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向かって左から山本晃久プロデューサー、井上剛監督
監督:井上 剛
1968年生まれ、熊本県出身。93年NHK入局。ドラマ番組部や福岡放送局、大阪放送局勤務を通して、様々なジャンルのテレビ番組制作に関わる。主にドラマやドキュメンタリーの演出・監督・脚本・構成を手がける。代表作は、数々の話題を生んだ連続テレビ小説「あまちゃん」(13)や大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」(19) 、土曜ドラマ「ハゲタカ」(07)、「64(ロクヨン)」(15)、「トットてれび」(16) 、「不要不急の銀河」(20)、「拾われた男」(22)など。『その街のこども』(11)、『LIVE!LOVE!SING!~生きて愛して歌うこと~』(16)はドラマとドキュメンタリーが融合した演出が注目を集め、ドラマ・映画共に高い評価を得た。2023 年7月末日、NHK を退局し株式会社GO-NOW.を設立。フリーの監督・演出家として活動している。
プロデューサー:山本晃久
1981年生まれ、兵庫県出身。映画『彼女がその名を知らない鳥たち』、『寝ても覚めても』、『スパイの妻(劇場版)』などを手がけ、第25回新藤兼人賞プロデューサー賞、第45回エランドール賞プロデューサー奨励賞を受賞。映画『ドライブ・マイ・カー』では第74回カンヌ国際映画祭 脚本賞、第94回米国アカデミー賞国際長編映画賞などを受賞。C&Iエンタテインメント株式会社を経て、ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社にて「拾われた男」「すべて忘れてしまうから」「ガンニバル」など、人間ドラマからスリル満載のドラマまで今までディズニーが手掛けたことのないコンテンツを開拓した。2024年、映像プロダクションである株式会社キアロスクロを立ち上げ、代表取締役に就任。公開待機作に、『白の花実』(12月26日公開予定/坂本悠花里監督)などがある。
取材・文: 香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
撮影:青木一成
『アフター・ザ・クエイク』
テアトル新宿、シネスイッチ銀座ほかにて全国公開中
配給:ビターズ・エンド
©2025 Chiaroscuro / NHK / NHKエンタープライズ