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映画が好んで描く、他人の家を破壊する異物
平凡な家庭に他者が闖入したことで、その家が崩壊の危機に瀕する――。ヒロインの叔父が殺人鬼ではないかという疑念に駆られるアルフレッド・ヒッチコックの『 疑惑の影』をはじめ、見知らぬ男が平然と入り込んで来るピエル・パオロ・パゾリーニの『 テオレマ』、お手伝いさんを家に入れたことから起きる惨劇を描いたキム・ギヨンの『 下女』など、この種の物語は映画が好んで描いてきたものだ。
現実に目を向けても、次々と他人の家庭を食い物にする尼崎事件の角田美代子の様な存在に妙に惹かれるのは、どうやって他人の家族を手玉に取って支配したのかを知りたいという普遍的な欲求があるのかも知れない。諍いが絶えない家でも、親族間の問題となると唐突に一致団結したりすることがあるが、強固な血縁関係によって外部からの侵入が防御された〈家族〉に潜入するのは困難極まりない。だが、『淵に立つ』では、実に呆気なく謎の男が家の中に入ってきて、家族から信頼を得てしまう。
ささやかな町工場を営む利雄(古舘寛治)は、妻の章江(筒井真理子)と10歳の娘と共に暮らしている。利雄と過去に関わりがあったと思われる八坂(浅野忠信)が現れ、利雄は妻に何も語らないまま住み込みの工員として働かせ始める。発表会を前にオルガンの練習に余念のない娘に、腕に憶えのある八坂がごく自然に指導を始めたのを機に、家庭内に得体の知れぬ男が居る不穏感が娘と妻から消える。