※本記事は物語の核心に触れているため、未見の方はご注意ください。
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アダムス・ファミリーの世界がありそうでなかった学園探偵ものに
2022年にシーズン1、そして今年の8月と9月の2回(一度に4話ずつ)に分けられてシーズン2が配信された『ウェンズデー』。アルフレッド・ガフとマイルズ・ミラー制作、数々のクリーピーなファンタジー作品を描いてきたティム・バートンが製作総指揮と監督に名を連ね、著名なゴシック・アイコンである「アダムス・ファミリー」の世界を、その長女ウェンズデーに焦点を当ててドラマ化した、なんとも贅沢なシリーズである。バートンと「アダムス・ファミリー」と言えば、この上なく親和性の高そうな取り合わせで、実際にこれまでにもコラボレーションの話は持ち上がっていたのだが(後述)、ついに実現した本作は真正面からファミリーの不気味な世界を描くのではなく、長女ウェンズデーを主役にすることで、これまでの映像化のどれとも異なる、唯一無二なオリジナリティが確立されたシリーズとなった。
全体が学園探偵もの仕立てになっているのも特徴のひとつ。元いた高校で独特の暴力沙汰を起こしたウェンズデーは、両親が学んだ寄宿学校ネヴァーモア学園への転校を余儀なくされるが、そこは特殊な性質、能力、姿がもとで表の世界を追われた子どもたちのための学校だった。彼女はそこで、狼人間やセイレーン(人魚)、蛇の髪を持つゴルゴン、吸血鬼など、ほとんど魔物の末裔とも言うべき生徒たちと出会うことになるが、不可解なティーンエイジャーという意味では外の世界の高校生たちと同様、彼女にとっては軽蔑の対象だ。ハリー・ポッターのように真の居場所を見つけることもなく、ウェンズデー・アダムスはやはり孤立を選んで周囲を威嚇し、距離を取るが、まもなく凄惨かつ奇怪な殺人事件が発生。死に引き寄せられた彼女はその調査に乗り出し、やがて学園やその「城下」にあたる街、さらには両親の秘密さえ巻き込んだ大きな謎に挑んでいくことになる。
ネヴァーモア学園は言ってみればユニバーサル・モンスター版のホグワーツ魔法学校のようなところだが、劇中においてそのような呼び方はほとんど蔑称だろう。彼らは誇りを持って自らを「のけ者」(Outcasts)を称し、表の社会からもそう呼ばれている(反対に表社会の人々は「Normie」、日本語では「人間」とややざっくり訳されている)。この呼称の導入はシリーズ世界の根幹に関わるところで、これによりアダムス家がどのような存在なのかも再定義されたのではないか。不気味で怪しく、普通なら健康を害しそうなことに耐性があり(それどころか嗜好する)、超自然的な雰囲気がありながらも、アンデッドやモンスターの類と言い切ることもできない(彼らは決して「マンスターズ」*ではない)。そんな得体の知れなさが魅力ではあったが、のけ者社会の設定は現代を生きるアダムス家の輪郭をくっきりさせ、かえって全体のリアリティラインを押し上げている。洒脱なブラックユーモアを題材にした漫画の登場人物たちに、1990年代のバリー・ソネンフェルドによる映画版とは違ったアプローチで存在感を与えているのだ。
のけ者の本質は体質や能力であり、ウェンズデーには母モーティシアから受け継いだ幻視能力が備わっているという設定だ。彼女は事件の謎を追う中で、もともと素質のあったその能力を開花させていき、それにより手がかりを得たり、逆に惑わされてしまったりするようになる。2シーズンにわたってウェンズデーとモーティシアの難しい母娘関係が軸のひとつとして描かれるが、自分と同じ能力を持つ娘の身を案じる母と、自分は母のようにはならないし能力もよりうまく駆使できると意気込む娘の確執は、こんなに風変わりな世界観でありながら、芯の部分には普遍的なティーンエイジャーものの赤い血が流れているようで、妙にリアルに感じたりもする。話が進むにつれ、ウェンズデーの不機嫌そうな顔の下にも案外普通の感情が渦巻いていることがわかり、キャラクターの立体感も増していく(それもそのはずで、彼女は幼い頃ペットのサソリを殺された日から泣くことや感情の発露を封じ込めただけなのである)。
前述のように学園の生徒たちもアダムス家に負けず劣らず個性豊かだが、中でも特に人気を誇るのはウェンズデーのルームメイトである狼娘のイーニッド・シンクレアだろう。色彩豊かなファッションを好み、性格も明るく快活、流行にも敏感、人狼である以外は至って年相応の感覚の持ち主で、全てがウェンズデーとは正反対の彼女は、主人公に対応するバディとして創造されている。床の中央に引かれた境界によりくっきりと明暗の色彩に分けられた彼女たちの部屋は、シリーズを通して象徴的な場所となる。数々の危機や冒険を通して距離感が変わっていく彼女たちの関係性もまた本作の見どころのひとつだが、S1の時点ではなかなか狼に変身できないでいる「遅れ」をコンプレックスとして抱え、自分の変身に過度に期待している母親からの重圧に苦しむ様などは、やはりどこか現実味がある。
S2では幻視で目撃したイーニッドの死をウェンズデーが阻止しようとするのがメインプロットとなり、行動のみによって友人の身を案ずるウェンズデーの変化には、冷淡でニヒルな彼女のキャラクターが好きな身であっても胸を打つものがある。シーズン終盤ではある呪いによってふたりの心と身体が入れ替わるという、定番にして非常に面白い展開となるが、イーニッドとして振る舞うジェナ・オルテガと、ウェンズデーの演技をするエマ・マイヤーズの実力には目を見張った。
S2が終わって間もない今では、新たに登場した後輩アグネス・デミルも注目されている。これまたバートンの描くスケッチから浮かび上がってきたような尖った顎に瞳の大きな女の子だが、ウェンズデーを崇拝し、透明人間の能力を駆使してストーカー行為を働くという強烈な新顔である。単なる脇役かと思いきや、「ウェンズデーならどうするか?(What would Wednesday do?=WWWD)」という合言葉から徐々に脱却し、自分自身を見出していく彼女の成長はS2の素敵なサブストーリーだ。
*マンスターズ:60年代に放送されたアメリカのコメディドラマ。怪物たちの家庭生活を描いている。
 
                                
                
