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『カポーティ』にもいたあのひとの子ども時代
2005年の映画『カポーティ』にて、フィリップ・シーモア・ホフマン扮するトルーマン・カポーティが、カンザスでの凄惨な殺人事件を取材する際、そこにぴったりくっついて同行する友人の姿が見られる。彼女こそ、カポーティの勧めにより「アラバマ物語」を書くことになる作家ハーパー・リーだ。
グレゴリー・ペック主演で映画化もされた『アラバマ物語』(62)だが、実は今年の2月に逝去した名優ロバート・デュヴァルの初出演作でもある。物語は作者の分身である少女スカウトの目を通して映される子ども時代の思い出で、デュヴァルの登場は少ないながらもかなり重要な役どころでもある。
ジーン・ルイーズ"スカウト"・フィンチは、兄ジェムと弁護士の父アティカスと暮らしており、夏の間には遊びに来た親友ディルともきょうだいのようにともに過ごしている(このディルのモデルはカポーティとされる)。原作では一家を中心とした町の生活が仔細に描かれ、どのあたりに誰が住んでいて、家の前を通るとどんな人がポーチにいて、というようなことが事細かく説明される。いつしか読者もスカウトとともに通りで遊び、街路の木のうろの中を覗き込んだりしている気になるほど、没入感を誘う文章である。映画でも、子どもゆえの制限がありながらも全てを観察するスカウトの視界はよく再現されている。
子どもたちの目下の興味はフィンチ家と同じ通りにある怪しげな隣家、ラドリー家だ。町から距離を置いている一家で、特にかつて問題を起こして家に幽閉されているという次男ブーの姿は長らく誰も目にしていない。様々な根拠のない噂が絶えず、子どもたちの中ではほとんど怪物と化した姿が想像されている始末。スカウトたちは日常の延長上にあるこの「おばけ屋敷」の周辺で肝試しを繰り返しており、その敷地に少しでも入ったり、玄関のドアノブに触れてくるといった遊びに興じている。古い家の多い土地で育った者なら、程度の差こそあれ身に覚えのある情景ではないだろうか。
原作と同様、物語の大きな柱となるのはスカウトの父アティカス・フィンチである。映画ではグレゴリー・ペックが演じ、そのキャラクターは強い印象を残しながらも、あくまでスカウトが思い出の中に覚えている父親の姿であるという、非常にバランスのとれた演技が印象的だ。まさに控えめながらも強い軸を持ったアティカス・フィンチが体現されていたと言える。ドラマ『ブレイキング・バッド』(08~13)に登場する悪徳弁護士ソウル・グッドマンの過去を中心に描いたスピンオフシリーズ『ベター・コール・ソウル』(15~22)にて、後にソウルの妻となる同業のキムが、弁護士になったきっかけのひとつとしてこのペックが演じたアティカスの影響を挙げたりしている。公正でハートのある弁護士の代表格のようなキャラクターだ。
スカウトの子ども時代の原風景が描かれるとともに、ある事件が起こって物語は動き出す。町の青年が女性に暴行を働いたとして容疑をかけられ、その弁護人としてアティカスが任命されたのである。弁護士として、誰もが弁護を受ける権利を持つという原則を重んじるアティカスはこれを承諾する。しかし、裁判の日程が近づいてその内容がだんだん判明していくにつれ、町の人々のアティカスに対する態度が、スカウトの目を通してもわかるほどに露骨に悪くなっていく。学校でもスカウトやジェムがからかわれることが増え、大人たちの囁く噂もスカウトの耳に届き、父を取り巻く状況をよく知らない少女は困惑する。しかし、スカウトは理解していないがすでにこの裁判の要点は最初から明示されている。読者、あるいは観客も主人公より先にそれを察する作りとなっている。被告の青年は黒人で、彼が暴行したのは白人女性だったのである。