©ATELIER DE PRODUCTION - AGAT FILMS & CIE - ARTE France CinNa
『イート・ザ・ナイト』キャロリーヌ・ポギ監督 & ジョナタン・ビネル監督 現実の延長としての仮想世界を描く【Director’s Interview Vol.551】
ゲームの仮想世界と現実世界を並行して描き、唯一無二の映像体験を提供してくれる映画『イート・ザ・ナイト』。オンラインゲーム「ダークヌーン」のサービス終了が迫る中、現実世界の過酷な運命に巻き込まれていく若者たちの姿を、圧倒的なビジュアルとエモーショナルな筆致で描き出す。
本作を手掛けたキャロリーヌ・ポギとジョナタン・ビネルは、いかにしてこのハイブリッドな映画を生み出したのか。2人に話を伺った。
『イート・ザ・ナイト』あらすじ
しがないドラッグディーラーとして生計を立てるパブロと、10代の妹アポリーヌ。二人はオンラインRPG《Darknoon ダークヌーン》に没頭しあい、壊れることのない絆を築いてきた。しかしある日、そのゲームのサービス終了が告げられる。彼らの“世界”は、間もなく消える。そんな中、パブロは謎めいた青年ナイトと出会い、激しく惹かれていく。妹を残し、危険な恋と裏社会の抗争へと踏み込むパブロ。ゲームの終焉とともに、現実の暴力も加速していく。やがて三人の関係は引き裂かれ、取り返しのつかない夜が訪れる。リスタートのない世界で、彼らは何を選ぶのか。
Index
現実の延長としての仮想世界
Q:ゲームと現実世界を並行して描くという着想はどこから来たのでしょうか。
ポギ:『イート・ザ・ナイト』は私たちの長編2作目になります。これまでも複数の作品で、仮想世界と現実世界の融合に取り組んできました。最初の長編『ジェシカ』(18)でも、孤独な子供たちのディストピアを描くために、現実を少しバーチャルに表現しようとしていました。いくつかの短編でもハイブリッドなイメージのミックスを行ってきましたが、今回はそれをもう少し推し進めて、現実の延長・連続性として仮想世界を生きる世代について語るため、両者を切り離すのではなく本物のビデオゲームを作ろうとしました。
出発点となったのはアポリーヌというキャラクターです。彼女はこのゲームを自己表現や生きる手段として日記のように使っていて、彼女が思春期から青年期の終わりに経験する変化を映画の中で語ろうとしました。
また、ジョナタンと一緒に脚本を書き始めた当初、劇中の「ダークヌーン」のようにゲームサーバーが実際に閉鎖されることを知りました。個人的に経験したわけではないのですが、そこにはかなりドラマチックなものがありました。ゲームをやっているほとんどの人は、仮想世界に終わりがあるとは思わず、仮想は続くものだと考えがちですから。そこでゲームのシャットダウンについて調べてみると、非常に悲劇的な要素があることに気づきました。何年もの間、時には10年もプレイしている人たちがいて、彼らは自分たちの人生の延長であるその空間を通してしかお互いを知りません。でもそこに本当のコミュニティがあるのです。それが私たちに深い感銘を与え、終わっていく世界、仮想もまたその一部であるという世界のメタファーになると思いました。

『イート・ザ・ナイト』©ATELIER DE PRODUCTION - AGAT FILMS & CIE - ARTE France CinNa
Q:ゲームの世界が映画の中に違和感なく存在していることに驚きます。
ビネル:パブロやアポは、現実と仮想の違いをそれほど意識しない世代。彼らにとって両者は同じくらい重要で、同じように熱中しているもの。また、プレイヤーがゲームに込める感情を通して、ゲームを語りたいという思いもありました。アポリーヌがまさにそうです。彼女はゲームがあらかじめ設定したシナリオのルールに完全には従わず、目的もなく彷徨うような、自分自身のルールを作ることが好きなタイプ。そうやってゲームのルールを回避して自分自身のものにするというアイデアがありました。
今回登場する「ダークヌーン」は、ダークファンタジーを参照しています。フロム・ソフトウェアの『ダークソウル』シリーズや『エルデンリング』のようなゲームとハイブリッドさせつつ、非常にゴシックでありながら、同時に非常にカラフルなものを目指しました。今回は映画自体がかなり暗く、キャラクターにとっては残酷な部分があることが分かっていたので、ゲームの中ではできる限り色や光をもたらしたいと考えていました。
ポギ:私たちは今回の作品の中で、リアルとバーチャルの世界を完全にセパレートしているわけではありません。両者に違いはなく、多孔性があるような、隙間が空いていて自由に行き交うことができる2つの世界だと考えているんです。
私たちが描いたゲーム自体は割とシンプルで、アポリーヌがゲームの中で誰かに出会い、そこから対話が始まります。そうなってくると、私たちにとっても、ゲーム画面というより、映画の本編を撮っているのと変わらなくなってくる。例えば、ゲーム画面の、カット割り、移動撮影、カットバック、光の使い方やカメラワークは映画そのもの。ゲームの世界と言いながら、そうしたリアルな映画的技法が具体的に反映されているからこそ、観客の皆さんも違和感を抱かなかったのではないでしょうか。フランス語で「ゲームをする・遊ぶ(jouer)」という言葉は「演技する」という意味も持ちますが、まさに登場人物たちとともに「演技し、遊んで」作り上げたという感覚ですね。