今まで見たことがない変な映画
Q:山田が手に持った“消える物”の見え方について、水たまりや鏡に映るなど、その辺のディテールは監督が追加されたそうですね。
城定:元の脚本だと「バットを振り回すとチラチラ見える」といった表現で、あまり詳しく書かれていなかったんです。でも実際に見えてしまったら「見せたい時にいつでも見せられる」状態になり、それでは少しつまらない。コンパクトながらも工夫が詰まった映画にしたいという思いもあり、「鏡像なら見える、実像は絶対に見えない」というルールを決めさせてもらいました。それは事前に二朗さんにも伝えて、演出でもそのルールを徹底しました。チラチラ見えるカッコよさもわかるのですが、今回はちゃんとルールを持たないと面白くならない気がしたんです。
Q:主人公の持つ能力は現実離れしていますが、舞台は現実世界でリアリティに溢れています。バランスで苦心された部分はありますか。
城定:目指したバランスに近いものに仕上がっているとは思います。狙いとしては寓話なのですが、画として「箱庭世界」で良いわけではなく、現実世界とリンクしていた方が良さそうだなと。リファレンスとなる作品も特にはなく、「今まで見たことがない変な映画になれば」という思いがありました。
Q:山田の子供時代の回想シーンは、佐藤二朗さん自身の年齢に合わせた時代設定なのでしょうか。
城定:時代設定や場所は全て架空にしていますが、時代に関しては完全に昭和になっていますよね。その辺は美術部をはじめとしたスタッフが工夫してがんばってくれました。細かいところでは、二朗さんが「とにかくタバコを死ぬほど吸わせてほしい」とこだわっていましたね(笑)。確かに昭和ってそういう時代だったなと。当時は学校や交番でも吸っていましたから。

『名無し』©佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ ©2026 映画「名無し」製作委員会.
Q:山田太郎というぶっ飛んだキャラクターは、どのように作られたのでしょうか。
城定:漫画版を読めばわかるのですが、最初はすごく喋る役でした。ですが、セリフを落として「何考えているかわからない感じ」にして、怪物感をもっと出したいと思いました。この男に対して一切同情できないように、可哀想とも思わないようにしたかったんです。回想シーンで不憫な子供時代を描き、「その中で怪物が出来上がりました」という事象は冷静に描いていますが、「可哀想だから人を殺してもしょうがない」とするつもりは一切ありません。観ている人が一瞬「可哀想だなぁ」と思ったら、次のシーンで商店街では人をぶっ殺していて、「え、これどう見たらいいの…」という感覚になる。そういう映画があってもいいんじゃないか、という思いがありました。
『ジョーカー』(19)や『シザーハンズ』(90)のように、ある程度同情させた上で描く手法もありますが、今回はそれがない。『悪魔のいけにえ』(74)のような感じにしたい部分はありましたが、そこまでは振り切らず、妙な温度感で過去を描かれているところがこの映画の気持ち悪さであり、それが持ち味だと思います。
Q:主人公のセリフを減らすことで、物語の構成で変わる箇所などはありましたか。
城定:元々、論理的なことを言うキャラクターではなかったので、セリフを減らしても成立しました。漫画版では、その場にそぐわない訳のわからないことを言っていて面白かったのですが、殺すことに理由が見えてきてしまうのは映画版ではない方が良いなと。例えば、漫画にある「結婚相談所のいけ好かない係員を殺す」といった「こいつ嫌な奴だな」と思うような人物がやられると、観客に「スカッとした」感情が生まれてしまう。漫画では子供を殺すシーンなどもあるのですが、ただ、そこまでやってしまうと一切の同情が山田に向かなくなる。そこのバランスは調整しました。