『ハッシュ!』発想の原点、浜崎あゆみ
Q:『二十才の微熱』が93年、『渚のシンドバッド』が95年と続いて来て、2001年の『ハッシュ!』まで年数が空きました。その後の『ぐるりのこと。』も2008年公開とさらに時間が空くわけですが、当時の制作状況についてお聞かせください。
橋口:93年、95年と来て、その後すぐ『ハッシュ!』の構想はありました。その主人公に浜崎あゆみ(※『渚のシンドバッド』に出演)を起用したかったんです。それが発想の原点。彼女は本当に素晴らしい子で、浜崎あゆみという特別な個性を生かすにはどんな話がいいか、それを考えたのが最初でした。でも本人が歌手になったので、実現しなかったけど(笑)。
その時考えていたのは、ゲイのカップルに育てられている浜崎あゆみ演じる女の子が男の子と出会う話。ボーイミーツガールですね。男の子の方には普通の家族がいて、この2つの家族を巻き込んで、いろんな価値観が交錯しながらそれが笑いになっていく。そんな分かりやすいシチュエーションコメディを考えていました。そうしたら歌手になっちゃった(笑)。それでどうしようと思ったときに…、ちょっと待てよと。そもそもゲイのカップルが子ども育ててるって、なんで“子ども”だったんだろうと。そんな作品の本質に関わるようなことを思いまして。まずそれを考えないと先に進めないなと。
当時は90年代。『二十才の微熱』がヒットしてゲイブームみたいなことになり、その後『渚のシンドバッド』もありましたが、僕の後に追随してくる人たちはまだまだいなかった。今はLGBTQ+だ何だと散々言ってる世の中ですから、ゲイのカップルが女性と子どもを作ったとしても、「そういう人もいるだろうね」で終わりますが、当時そんな映画はハリウッドでも作ってなかったし、どこの映画祭にも登場していなかった。日本でこれを作って果たして受け入れられるのだろうか。随分逡巡しました。僕が35歳の頃ですね。

『ハッシュ!』©2001 SIGLO
そうこうしているうちに、「SWITCH」という雑誌から、「オランダ・アムステルダムの性風俗の特集をするので、1週間取材をしてきてください」というオファーがあったんです。それでお受けして、「ゲイで子どもがいるファミリーを作っている人がいたら取材したい」とお願いすると、実際にそういう方がいらっしゃった。2人のゲイと1人のノーマルの女性の家族で、1歳の可愛い赤ちゃんが生まれていました。そこでいろいろとお話を伺う中で、「オランダ政府はスポイトを使って自分で受精することを、ワークショップを開いて指導している」みたいなことも聞きました。それで帰る時に「ありがとうございました」と言ったら、その女性が「あなた、父親になれる目をしてる」って言ったんです。「えっ?」と思ったのですが、そのまま「失礼します」と言って帰って来た。それが印象に残ってましてね。まぁ、それをそのままセリフに使ったのですが。
女性ってそんな風に考えるんだなと。そんな風な感じ方というか、直感というか。そのオランダの女性は、イデオロギーだとかジェンダーだとか、そういった政治的な動きや考えで行動したわけではなく、自分が生きていくための直感で「今子どもを産むことが必要なんだ」と思った。でもそのためにはパートナーが必要だけれど、「自分は普通の結婚生活は送れないと思っていた」と言うんです。自分は欠陥がある人間で小さい頃から人との関係をうまく作れなかったと。だけど家族が欲しい。このまま孤独に人生を送っていくのは嫌だ、子どもを産みたい。それでどうすればいいか考えた結果、ゲイの友達に相談したのだと。相手を決めるときには経済的にどうこうという考え方ではなく、「父親になれる目をしてる」かどうかの直感で動いていったと。それがヒントになって、それをまんま『ハッシュ!』の朝子として描いたんです。
そこからは、「それがどうしたら日本社会の中で成立する映画になるのか」ってところで止まっていたのですが、何だか糸がほぐれるように自然と出来上がっていきました。脚本を書き終わって撮影したのが多分38歳の頃ですね。95年から2001年まで時間が空いているように思われるかもしれませんが、『ハッシュ!』は公開が遅れたんです。2001年度作品になっていますが、実際は99年に撮って完成したのかな。その後2001年にはカンヌに行ってますから。そして日本での公開が2002年の4月。だから随分ズレてるんです。