プロフェッショナルだった冨士眞奈美
Q:冨士眞奈美さんと秋野暢子さんが絶品で、そこもすごいキャスティングでしたね。
橋口:冨士さんもプロフェッショナルでしたね。喫茶店で初めてお会いして「母1人子1人で水商売をやっている母親の役です。ぐしゃぐしゃっとした肩くらいまでの長さのソバージュで、最初に出てくる時はザンバラだけど、次に出てくる時はちゃんと着物を着て髪もまとめていて…、そんな感じにしたい」と説明したんです。すると、その後衣装合わせに来られた時は、お尻のところまであった髪の毛を肩までの長さにバッサリ切られていて、パーマをかけて現れた。さすがに驚きましたね。

『ハッシュ!』©2001 SIGLO
冨士さん演じる母親が登場するシーンでは、最初は僕が想像していたものとお芝居が違ったんです。それで「冨士さん、ここは“つむじ風”みたいな感じで入って来てください。入ってくるなり『あーら、なんか綺麗にしてるじゃない、いいところね。台所は? 鍋はどこなの?豆腐食べるからさ、私』なんて言って、ワーッとつむじ風が入って来たような感じでお願いします」と伝えると、冨士さんが「あら、理解が違ったわ」とおっしゃった。「これはまずかったかな」と思ったけれど、冨士さんからは「でも監督、私こう思うんだけどさ」みたいな反論は一切ない。一切何も言わずに、僕が一連でやってみせる動きの後ろについてきて、必死に同じ動きをやってくれるわけです。あの大ベテランの方がですよ。その後撮影が進み、家族の長回しの場面の頃には、冨士さんのお母さん役は完璧な状態になっていました。最初にご自身で作った役を全部作り直されたんです。その後の冨士さんには一切ダメ出しをしませんでしたね。
冨士さんのセリフもおかしかったですよね。「松坂牛は種付けで1回10万でしょ」なんて、自分でもよくあんなセリフ書いたなと(笑)。普通はそんなことあの場面で言いませんが、冨士さんが演じるお母さんだったら何か言いそうだなと。さっき話したように、秋野さんには自分で考えてきた「これが言いたい」というセリフがあったから、冨士さんに「冨士さんも何か言いたいセリフがあったらおっしゃってください」と気を遣って伝えたら、「そんな度胸はないわ」と仰ってました。本当にプロでしたね。素晴らしかったです。