様々な視点を肯定する
Q:原作では夛田のオーディションから舞台の本番当日まで一気に飛ぶそうですが、その間を埋める脚色はどのように進められたのでしょうか。
武井:鴻池さんの原作が映画的だなと思ったのは、「舞台が作られるところから始まって、舞台が開演するところで終わる」という流れがあるところ。それで、舞台関係者に実際の演劇の状況を伺いながら、オーディション後から始まる稽古など演劇の一連の流れの中に、鴻池さんが書いているエッセンスを入れていきました。
Q:脚色にあたっては、鴻池さんから「どんどんやっちゃってください」というポジティブなお返事があったそうですね。
武井:当時は、原作者と完成した映像作品の関係が問題になっていたので、自分の理解が本当に小説の意図と合っているのか、かなり気をつけてプロットを作っていました。鴻池さんにプロットを見せる時は緊張したのですが、実際にお見せすると「全然いいですよ」と(笑)。もしかして映画化に興味ないのかなと思うくらいのリアクションでした。ですが、完成後の試写には2〜3回も来てくれて、完成披露にもお越しいただき、すごく気に入ってくださった。興味がないわけではなかったんだなと(笑)。
この作品は物語を作る話で、映画の中でも「この物語の解釈はこうだ」と様々な視点が語られます。もともと一つの真実があってそれをねじ曲げる話を、さらにねじ曲げる構造がすごく面白い。僕もそれを信じて改変してきたので、「僕の解釈はこうです」となってもいいのかなと。途中からそう思い始めました。鴻池さんも「小説にはいろんな読み方があるので、原作者としては自分が思っていなかったことに出会えるのが楽しい」とおっしゃっていました。結果的に、すごく幸福な出会いになったと思います。鴻池さんが寛容な方でよかったです(笑)。

『本当にあった話(の話)』©鴻池留衣/文藝春秋/2026「本当にあった話(の話)」製作委員会
Q:観客に様々な想像の余地を与える複雑なメタ構造となっていますが、それはどのように構築されていったのでしょうか。
武井:どうやって作ってたんだろう(笑)。確かに複雑だし劇中の事件もよく分からないですよね。最低限の説明はしようと思っていましたが、結果的には入れ込む必要はなく、夛田という主人公を見ていくだけで楽しめる作りにしようと。でも作っている最中は、脚本はいろんな方向に転がりましたね。
Q:プロデューサーからのオーダーはありましたか。そこも自由に制作できたのでしょうか。
武井:プロデューサーに細かく言われることは少なかったです。結末に関してだけは「もう少し分かりやすいほうが良いのではないか」と言われましたが、僕がその意図を説明すると、理解してもらえました。とにかく、この映画の製作にお金を出す人たちの覚悟がすごかった。こんなにわけのわからない内容を自由に作らせてもらえる環境に、なぜ僕がいるのだろうか。正直謎でしたね(笑)。大ヒットするような要素を抱えているわけでもなく、そういう作り方もしていない。それでもGOを出してくれたmurmurとテレビマンユニオンは感謝しかありません。