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ジェームズ・ボンドとは正反対だが素敵なジョージ・スマイリー
英国スパイものにはだいたい魔法使いが出ている。というのは、単に『ハリー・ポッター』シリーズに大御所の英国俳優が多数出ているからなのだけれど、スパイと魔法使いというのはどこかイギリスの名物のようなところがある。
『裏切りのサーカス』は英国スパイ小説の巨匠ジョン・ル・カレによる「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」の映画化作品。「ティンカー、テイラー~」はル・カレの代表作スマイリー3部作の第1作にあたり、初老の諜報員ジョージ・スマイリーが主人公。英国情報部に長年潜んでいるソ連の二重スパイ"もぐら"の正体を暴くため、一度は退職したスマイリーが密かに呼び戻され、情報部のメンバーを対象に調査に乗り出す。
ゲイリー・オールドマン扮するジョージ・スマイリーがいい雰囲気だ。年老いたライオンのような顔つきに大きな黒縁眼鏡が似合う。あとで原作を読むと、スマイリーはとにかく風采の上がらないおじさんとして描かれているのだが、それにしてはゲイリー・オールドマンじゃかっこよすぎるだろうと思ったりもした。映像化はこれが初めてではなく、1979年に7話構成のドラマ・シリーズにもなっていて、そちらはスマイリー役がアレック・ギネス。彼も大きな黒縁眼鏡をかけて地味なおじさんに扮しているのだが、これもまた素敵過ぎるスマイリーとなっている。もちろんそういった造形は、一見冴えないが実は凄腕の諜報員であるスマイリーの魅力をよく表現していると思う。『裏切りのサーカス』にはスマイリーの宿敵であるソ連の大物スパイ、カーラの姿が直接出てこないが、ドラマ版ではスマイリーが後にカーラとなる人物と邂逅する様子が直接描かれ、そこではパトリック・スチュワートがカーラを演じている。SFファン的にはオビ=ワン・ケノービとピカード艦長(あるいはプロフェッサーXか)の対決というわけ。
ジェームズ・ボンド的な派手なスパイ・アクションの世界観に慣れていると、だいぶ地味で重苦しい印象の『裏切りのサーカス』だが、多分実際のスパイ像に近いのはこっちなんだろうなと思う(もちろん知りませんが)。銃撃戦や秘密兵器なんてこれっぽっちもなく、ひたすら書類を調べたり尾行したり電話をたくさんかけたりする。主人公スマイリーもタキシードで決めた筋骨隆々の男ではなく、サイズの合わないコートに眼鏡をかけた老人で、奥さんに逃げられているといった具合。逆にそういうのが新鮮で、曇り空の下で静かに繰り広げられる重厚なスパイ合戦に引き込まれたりもした。