1. CINEMORE(シネモア)
  2. Director‘s Interview
  3. 人と人との結びつきよりも、ディスコミュニケーション、つまり「溝」の方への関心が強いんです。『よこがお』深田晃司監督【Director’s Interview Vol.35】
人と人との結びつきよりも、ディスコミュニケーション、つまり「溝」の方への関心が強いんです。『よこがお』深田晃司監督【Director’s Interview Vol.35】

人と人との結びつきよりも、ディスコミュニケーション、つまり「溝」の方への関心が強いんです。『よこがお』深田晃司監督【Director’s Interview Vol.35】


 鬼才と呼ぶべきか異才と呼ぶべきか。カンヌ映画祭受賞の『淵に立つ』(16)で組んだ筒井真理子を再び主演に迎え、最新作『よこがお』を完成させた深田晃司監督。実直に生きてきた訪問看護師の市子(筒井真理子)が、自らが犯していない罪で社会から糾弾され、復讐に生き甲斐を見出す姿を描いた一種のスリラーなのだが、善悪でものをはかる世間一般の倫理観とは一線を画し、悲惨なはずの話を独特の距離感で捉えている。シニカルでも超然でもなく、時に世間の常識を逆撫でする深田ワールドについて監督本人の口から語ってもらった。


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描きたいものは、人と人との「絆」ではなく「溝」



Q:実は以前から深田監督に伺いたいことがありました。『よこがお』でも過去の多くの作品でも、物語を動かす装置としてセックスが出てくることが多いのですが、どんな意図が込められているのでしょうか?


深田:自分でも意外なんですけど、考えてみたら確かによく出てきますよね。脚本を書くときに(セックスを)描きたいという欲望はあんまりないんですけど……。


Q:セックスを「人と人を結びつけるもの」みたいなポジティブな意味合いで扱うことは皆無に近くないですか?


深田:そうですね。自分の中の作家としては、人と人との結びつきよりも、ディスコミュニケーション、つまり「溝」の方への関心が強いんです。自分にとって信じられるものは、圧倒的に「溝」の方なんですね。「絆」より「孤独」の方が、芸術や映画として描きたいと思うモチーフなんです。じゃあその「孤独」をどうやって描くのかってなった時に、砂漠に人をぽつんと置けば孤独に見えるかも知れないけど、それよりも人と人のコミュニケーションの中で描かれる孤独の方が深刻だと思うんです。隣に妻や夫や恋人がいるのに孤独を感じたり、誰かとコミュニケーションを取ろうとすればするほど、よりお互いの「溝」みたいなものが明らかになっていく。


コミュニケーションも、会話だったりいろいろな方法があると思うんですけど、その中のひとつの、最も親密な形として「性行為」があって、だからこそ「孤独」を描くためのひとつの手段として出している。『よこがお』の中でもそういう使い方をしていると思います。




でも、人間が孤独であることはしょうがないんですよ。もう病気みたいなもので、生まれてから死ぬまで孤独は孤独なんだけど、孤独のままだと結局辛いから、例えば家族を作ったりとか、コミュニティに属したりとかしますよね。たぶん愛国なんかもそうだと思うんだけど、国への帰属意識を高めて孤独を忘れる。信仰もそうですよね、自分は常に神様に見られているという意識を持つことで孤独を忘れることができる。


でも孤独は忘れることしかできないと思っていて。忘れたまま生きて死んでいければそれほど幸せなことはないんですけど、ふとしたきっかけで思い出してしまうからこそ、たぶん人生は辛いんだと思うんですね。そういった意味ではセックスも、一時孤独を忘れるには、たぶんこれほど手っ取り早いことはないんだと思います。



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