コメディだけどコミカルに演じさせない
Q:映画を観ていると、小津安二郎の『東京物語』(53)や、伊丹十三の『お葬式』(84)などが頭をよぎりました。何か意識されている部分はありますか。
市井:うーん。そうですね。意識するまでではないのですが、伊丹さんの作品は全作観てますし、とても好きですね。また、僕は「長回し」をよく使うこともあり、相米慎二さんの影響は受けていると思います。相米監督の、人間を汲み取ろうとする描き方への憧れみたいなものはありますね。
Q:映画の約8割が実家の居間が舞台となっていますが、飽きさせずに見せていくために、演出上の工夫などはされたのでしょうか。
市井:今回の作品は台本だけ読むと、コミカルに演じた方がいいのかなって誤解してしまう役者さんがいると思いました。なので、最初の時点でリハーサルを行い、あくまでこれは本当に起こっていることとして描きたいから、変に笑わせようみたいなことはせずに、あくまで必死に遺産を取り合ってくださいとお願いしました。結果、観客はそれをコメディと捉えますと、お伝えしたんです。
また、各キャラクターの“色”はありますが、そこに着ぐるみに入るようなお芝居ではなく、あくまで自分の中の小鉄や京介、千尋を見つけて、等身大の自分で演じてくださいと、お願いしました。
とにかく、その場に人間がちゃんと存在して醜い争いをしていれば、それだけで飽きずに
見れるという確信があったので、それを役者やスタッフにいかに共有するかということに注力しましたね。
また、長回しをすると役者さんがずっと喋っているので、編集で「間」を取るのが難しいんです。僕は間を大事にしたいので、そういう意味では編集はかなり苦労しましたね。
Q:扇風機やリモコンなど、アイテムの使い方が結構細かく、しかも物語上もしっかり機能してきます。そのあたりは脚本の段階で意識して組み込まれたのでしょうか。
市井:そうですね。性分なのか細かいことがすごく好きなんです。リモコンが効かない時に、乾電池をこすって回すのとか、いつも自分がやっていることなんですけどね。
Q:あれ、ついやりますよね(笑)。
市井:そうそう、そうなんですよ。他にも、田舎に行って扇風機に当たっているときって、なぜか熱風ばかりが来るとか。そんなことをよく経験したなって、話に組み込んでいるんです。