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『パラサイト 半地下の家族』滑稽さを笑えない―現代の格差に寄生した傑作

(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

『パラサイト 半地下の家族』滑稽さを笑えない―現代の格差に寄生した傑作

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経済的「格差」を、高低差と「上る/下る」で表現



 ポン・ジュノ監督がさらに恐ろしいのは、「映像で理解させる」能力の高さ。彼自身が漫画家を志していた点も大きいかもしれないが、ビジュアル面での「説明力」がすさまじい。『パラサイト 半地下の家族』を例にとって観てみると、本作では2家族の格差が「高低差」で表現されている。裕福な家族は坂の上の豪邸に、貧乏な家族は坂の下の半地下住宅に暮らしている。前者の家には陽光が降り注ぎ、後者の住みかには部分的にしか陽は差さない。本作のプロダクションデザイナー、イ・ハジュンによれば、豪邸のセットを建造する際にも、太陽の位置に重点を置いていたという。


 富者と貧者を高低差で表す手法は演劇など、古来より使われてきたアイデアで、そこまで珍しいものではない。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(16)でも、人生に絶望した主人公が引きこもる新居を半地下に設定し、経済的・精神的なダウンを表現している。『そして父になる』(13)では、高層マンションと路面の自宅兼店舗で、2家族の違いが示される。だが、ポン・ジュノ監督は高低差を配置するだけにとどまらず、上下動を頻繁に取り入れて「裕福←→貧乏」のステータスの変化をリアルタイムで開示する。観る側が頭で理解していなくとも、視覚で把握できるように設計されているのだ。



『パラサイト 半地下の家族』(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED


 劇中、半地下に暮らす家族は、上に上ると幸運が訪れる。冒頭、Wi-Fiをつなげようと階段を「上がる」シーンから、貧乏な家族の長男が裕福な家の面接に行く際も坂を上る。もっと階段を上がれば家庭教師として採用され、金運もみるみる上昇。だが逆に、「下りる」と運気が下がる。階段を下りても、坂を下っても、登場人物の立場はどんどん苦しくなっていく。同様に、「滑る」「落とす」といった動作も彼らを追い込んでいく。元々この家族は両親が事業に失敗し、長男が大学受験に失敗し……と「落ちる」行為の連続。意図的/偶発的にかかわらず、何かを下に持っていく行為はすべてネガティブな影響を与える。


 さらに「半地下」という「上にも下にも行く可能性がある」位置取りも秀逸。本作は、半地下の窓を背景に、部屋干しされた靴下を切り取ったカットで幕を開け、「光が一部からしか差さない」「光と闇の中間地点にいる」という意味深なイメージを一目で刻み付ける。つまり、この家族にはまだ可能性も、それに伴う危険性もあるということ。その浮遊感が、ドラマにセンセーショナルな起伏をもたらすのだ。成り上がりの物語には、「ミスったら元の生活に戻る」怖さがつきまとうが、言ってしまえば失敗してもゼロに帰るだけ。こちらの家族には、「何か一つでも手順を間違えば今よりひどくなる」恐怖心がつきまとい、サスペンスを存分にあおってくる。


 ここにスイッチを入れるのが、「山水景石」というアイテムだ。金運と学業運をもたらすというこの石を手に入れたことから貧乏一家にはツキが回ってくるが、次第に石の存在が重荷に変わっていく。山水景石が水の中から浮上してくるシーンはちょっとしたホラーで、長男が「この石は僕にへばりついてくる」と語る姿からは、『ジョジョの奇妙な冒険』のごとく「不気味な恐ろしさ」を感じることだろう。



『パラサイト 半地下の家族』(c)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED


 ちなみに「高低差」も「山水景石」も冒頭数分で登場し、脚本的にも後々に重要な意味を占める「計画」「象徴的」といったキーワードもちりばめられている。家族が「消毒される」シーンもそう。こうした引き金、或いは隠喩を冒頭数分で嫌みなく入れてしまうところがポン・ジュノ監督の卓越したテクニックだ。


 「雨」の演出も見事だ。ポン・ジュノ監督は「水は上から下に流れるもの」と雨のシーンの意図を語っており、劇中に何度か用意されている雨のシーンでは、必ず家族に試練や窮地が訪れる。私たちが雨というものに持っている不穏なイメージが、そのまま物語に採用されているのだ。こうした「歩み寄り」も抜群に上手い。


 批評家層・一般層どちらにも支持されている監督といえばクエンティン・タランティーノ監督が筆頭だろうが、ポン・ジュノ監督は『パラサイト 半地下の家族』でもって、その極致に達した印象だ。ものすごく平たく言ってしまえば、ブロックバスター映画でなくても、普段そこまで映画を観ない人にまで「面白そう」「観たい」と思わせる“魔力”を宿すことができる才人――ポン・ジュノ監督が、映画業界の未来を強くけん引する最重要人物であることは間違いない。



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