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『シンドラーのリスト』“スピルバーグ映画”を越境する「音」への取り組み

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『シンドラーのリスト』“スピルバーグ映画”を越境する「音」への取り組み

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「赤いコートの少女」のバックに流れる歌の意味



 しかし本作の音楽的特徴はそれにとどまらない。スピルバーグとウィリアムズは、ナチスがユダヤ人に対しておこなう残虐行為のシーンに、ほとんどアンダースコアを用いていないのだ。ゲットーの解体にともなう、労働不能者と一方的に定められた者たちの排除や、親衛隊将校アーモン・ゲート(レイフ・ファインズ)が屋敷から労働者をランダムに狙撃する場面において、スコアは沈黙し、観る者を理不尽な殺戮の現場へと静かに誘い込んでいく。


 以前のスピルバーグ作品にこうした描写の比較を求めるなら、ストリングスを軍靴の行進のように唸らせ、日本軍の上海侵攻を演出した『太陽の帝国』(87)が挙げられる。だが『シンドラーのリスト』でスピルバーグとウィリアムズは、歌曲やソースミュージック(劇中世界の音楽)、ならびに効果音に比重を傾けることで当該場面を強調し、観客の心理にアンダースコアがもたらす以上の重い衝撃を与えていくのだ。


『シンドラーのリスト』予告編


 例えば歌曲の場合、高台にいたシンドラーがゲットー解体の様子を見下ろし、赤いコートの少女に気を奪われるシーンが筆頭に挙げられる。パートカラーで描写されたここでは"OYF'N Pripetshok"という、中世と東ヨーロッパのユダヤ人の間で最もよく知られている曲が用いられ、哀感に満ちた演出を支える要素のひとつとなっているのだ。


 同曲は「ユダヤ人の歴史は涙で記されている」というイディッシュ語の歌詞を含んでおり、ユダヤ系アメリカ人であるスピルバーグの祖母が、彼と二人の姉妹にそれを歌い聞かせていたことから使用へと結びついたという。そしてフヨヴァ・グルカの丘にて捕虜によるユダヤ人犠牲者の焼却がなされるシーン。ここではヘブライ語の典礼文を歌詞としたウィリアムズの楽曲が用いられ、あたかも尊厳を欠く扱いを受けた者への「鎮魂歌」のような役割を果たしている。


 またナチスが最初に登場するショットにドイツ兵士が愛唱した「エーリカ」が流れたり、ユダヤ系一家の家に置かれたピアノで親衛隊員がJ・S・バッハの「イギリス組曲 第2番 イ短調 BWV 807」を弾き、それが銃撃の閃光にかぶさるなど、いささか記号的なソースミュージックの流用が顔を覗かせる。むしろその曲自体の耳当たりの良さが、緊張した画とのコントラストを生成し、ナチスの暴力的性質をあらわしていく。



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