2019.12.05
偶発的な「グローバル化」で、新たなファン層を獲得
ただ、カーウァイ監督がこれまでに生んだ作品が傑作ぞろいなこともあってか、本作の評価は人によってまちまちのようだ。アメリカ最大の映画批評サイト「Rotten Tomatoes」では、46％となかなかにしょっぱい数字を記録している(2019年12月2日現在)。
だが、興行成績としては製作費が概算1,000万ドルに対して、全世界興行収入が2,196万ドルと、大成功を収めている。不評の声も含めて、それだけ多くの人々が本作を鑑賞した証。それに、誤解を恐れずに言えばこの映画はマスに向けたものなどではなく、最初から「誰か1人の心に刺さればそれでいい」タイプの作品だ。そもそも監督自身がジョーンズへのラブレターとしてこの映画を企画したのだから、さもありなん。ハマる人はのめり込み、ハマらない人は拒絶する。作家性を正しく押し出した結果ともいえる。
元々カーウァイ監督が日本でも人気を博したのは、90年代に多感な時期を過ごした、「アート」や「オシャレ」に敏感な世代に受け入れられたからといえよう。80年代後半から90年代にかけて興った、日本のミニシアターブームにおいてもカーウァイ監督の作品、特に『恋する惑星』は絶対的な存在だったと聞く。
『マイ・ブルーベリー・ナイツ』（C）Block 2 Pictures 2006
ド派手で分かりやすいブロックバスター映画ではなく、ハイソなアート映画をちょっと背伸びをして観るのがカッコいい――。現代ではやや薄れがちな感覚だが、カーウァイ監督の作品は真新しさを求める若者にぴったりだっただろうし、実際に彼の作品によって、多くの人が中国映画に対するイメージを改めたことと思う。
『恋する惑星』から約13年、干支が一回りして世に放たれた『マイ・ブルーベリー・ナイツ』は、新たな世代にとっての「背伸びして観るお洒落映画」であり、「ハリウッドとは違うオリエンタルな恋愛映画」でもあったのではないか。
タイトルの時点でセンスがあふれているし、何と言っても男女のキスシーンを印象的に切り取ったチラシなど、アートワークが秀逸（ちなみに、このシーンはオランダの画家ケン・グレゴワールの『恋人』という絵画にインスパイアされたもののようだ）。日本版の予告編では「失恋の傷を癒してくれたのは、1つのブルーベリー・パイだった」というドラマティックなキャッチコピーとアーバンな雰囲気でまとめ、「良い映画」感を存分に押し出しつつ、ラブストーリーの要素を強めに演出。感度の高い若手の映画ファンを刺激するアプローチを綺麗に形作っている。
『マイ・ブルーベリー・ナイツ』（C）Block 2 Pictures 2006
日本公開は2008年の3月で、ウェス・アンダーソン監督の『ダージリン急行』、コーエン兄弟の『ノーカントリー』と同時期。女性にしっかりと刺さる映画はあまりなく、そういった意味でも尊ばれたように感じる。失恋して立ち寄ったカフェで心優しい美男子が働いており、お互いに惹かれつつも、かつての恋人との思い出を引きずる女は、自分探しの旅に出る――という甘いストーリーも、鑑賞意欲をそそられるには十分だった。
そして何より、カーウァイ監督の映画は、古びない。『マイ・ブルーベリー・ナイツ』自体初公開から十余年経っているのだが、いまだに時代遅れな感覚は全くなく、いっそ先鋭的だ。役者がアジアから欧米に変わったことで、劇場に足を運ぶ層にも変化が生じただろう。カーウァイ監督の頭にあったのは「ノラ・ジョーンズを撮りたい」だけだったのかもしれないが、偶発的とはいえグローバルな「拡張」は、ターゲット層にも影響を与えたのだ。
ここで言える確かなことは、ウォン・カーウァイという才能は、いつの時代も、国境を問わずに美を愛する人々の目を引き、心をぐっと掴むということ。その“通説”を決定づけたのは、初挑戦が詰まった『マイ・ブルーベリー・ナイツ』に他ならない。
文： SYO
1987年生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクション・映画情報サイト勤務を経て映画ライターに。インタビュー・レビュー・コラム・イベント出演・推薦コメント等、幅広く手がける。「CINEMORE」「FRIDAYデジタル」「Fan's Voice」「映画.com」等に寄稿。Twitter「syocinema」
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（C）Block 2 Pictures 2006
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