子役の「気持ち」をうまく導くために・・・
またヴォイトは、シュローダーが「気持ち」をしっかりと準備するためにどう導くべきかを監督とも頻繁に話し合った。名シーンの一つに数えられるものに「留置所の父との再会」があるのだが、この時の気持ちを作るために、ヴォイトは一芝居仕掛けたという。
その顛末はこうだ。ある日、二人はホテルのプールで仲良く遊んでいた。それは撮影中によく見られる日常的な光景だったが、この時、ヴォイトが突然ぶっきらぼうな態度になり、シュローダーをプールに投げ込むと、不気味に笑みを浮かべて「じゃあな」と立ち去り、そのまま2、3日姿を見せなくなったそうだ。
シュローダーは自分が何か気に触ることを言ってヴォイトを怒らせたのだと思い込み、怖くなって泣き出したという。
『チャンプ』(c) 2011 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved.
そんな気持ちを抱えたまま、数日が経過し、ようやく再会できたのが「留置所」のシーン。すべてはこの難しいシーンに向け「気持ち」を準備するためのものだった。それゆえシュローダーの瞳から溢れ出す涙や、ようやく会えてほっとした表情や、さらにかすかに伺える「また怒られるのではないか」という不安な想いすら、演技を超越したリアルな感情の発露だったのだ。
このようにして弱冠8歳の少年は、時に演技とも現実ともつかぬ状況を乗り越えながら(もちろん、その背後では親やスタッフ、共演者たちによる最大限のケアがあったのは言うまでもない)本作に魂を注ぎ込んでいった。その結果、世界中の観客の心を鷲掴みにし、この歳にしてゴールデングローブ賞の新人男優賞を獲得するという快挙を成し遂げたわけである。
ヴォイトが役を引き受けたのは子供達のおかげ?
ちなみに、ジョン・ヴォイトがこの役を打診された時、最初は出演を渋っていたものの、映画会社から「ぜひテスト映像を見てもらいたい子役がいるんだ」と言われ、まだ幼い自分の子供たちを連れて試写室へ足を運んだそうだ。
『チャンプ』(c) 2011 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved.
スクリーンに映し出されたのはシュローダーが馬と戯れる映像だった。それを見た子供たちはたちまち影響され、各々が馬と少年役になってモノマネを始めた。そんな様子を見て、ヴォイトは「これに出るべきかもしれない」と真剣に考え始めたという。「パパ、ぜひ出演して!」とお願いされたのもダメ押しとなったようだ。
つまるところ、ヴォイトの子供たち、すなわち幼き頃のアンジェリーナ・ジョリーとその兄は、本作に少なからぬ貢献を果たしたことになる。映画作りは様々な運命や偶然の産物と言われるが、『チャンプ』もまさに思いがけない影響によって生まれた作品なのだ。
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
『チャンプ』
DVD ¥1,429 +税
ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
(c) 2011 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved.
(c)Photofest / Getty Images