英国映画のミュージカル化、もう一つの成功例
『 レ・ミゼラブル』、『 マンマ・ミーア!』、『 シカゴ』をはじめ、大ヒットミュージカルを映画化するという流れはよく見られる。が、一般的な劇映画をミュージカル化するというケースは極めて珍しい。とはいえ、あえてこれと同じ流れを持つものに焦点をあてるならば、最近だと05年の英国映画『 キンキーブーツ』が思い当たるだろう。
舞台は英国の中東部にあるノーサンプトン。倒産寸前の紳士靴メーカーを父から託された主人公が、ドラァグクイーンのローラの力を借りて、これまで誰も目をつけていなかったニーズを掘り起こし、見事に経営を立て直していく物語。実在する老舗メーカーをモデルとしており、英国が持つ“伝統と変革”というモチーフを極めて大胆かつ巧みに取り入れた作品だ。
『リトル・ダンサー』が英国内でミュージカル化されたのに比べて、この『キンキーブーツ』はアメリカの製作陣によって権利が買われ、企画が進められていった。やがて強力な演出家、脚本家陣が決定。遂にはこの舞台の命運を決定づける音楽監督探しが大詰めを迎えることになる。そこで自身もこの映画に心動かされ、就任を快諾するのがシンディ・ローパーである。まさに舞台「ビリー・エリオット」のエルトン・ジョンと対をなすかのような、一時代を築いた惹きのあるビッグネームの参加である。彼女はその幅広い音楽性を駆使して、ローパーらしい曲調のポップ・チューンを始め、ファンク、バラード、タンゴなどでその物語や登場人物の内面を色付けていった。
『キンキー・ブーツ』予告
こうして一丸となった製作チームによる奮闘が続き、2012年にはシカゴで初演。翌13年にはブロードウェイ進出を迎え、トニー賞でミュージカル作品賞、オリジナル楽曲賞を始め6部門を獲得する大ヒット作へと昇りつめていったのである。こちらも『リトル・ダンサー』同様、映画版のファンならばぜひ舞台版にも視野を広げてチェックしてもらいたいものだ。
最近では人気ミュージカルの日本公演や、海外公演を映画館で上映する動きも増えてきた。ミュージカル楽曲を収録したCDなども容易に手に入る。これら舞台版に触れることで、映画版でおなじみのキャラクターの心情がよりダイナミックに伝わってくることもあるだろう。クローズアップによって切り取られる映像に比べて、舞台世界はさらなる空間の広がりと奥行きを持っている。舞台特有のエピソード、音楽性、または特別な演出によって、この高揚感あふれる物語世界をもっと多角的に味わうことができることは確実である。
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンⅡ』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
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※2017年8月記事掲載時の情報です。