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『リトル・ジョー』その花が開くとき、幸せの概念が消失する――妖しきアートホラー

『リトル・ジョー』その花が開くとき、幸せの概念が消失する――妖しきアートホラー

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「幸福の定義」の多様性をホラーテイストで描写



 他者のすべては分からない。これは当たり前のことではあるが、そこに「人間を支配するかもしれない花」が挟まることによって疑心暗鬼が生じ、サスペンス&ホラー要素が急激に高まる。本作で描かれているリトル・ジョーはあくまで花としての存在を逸脱することはないが、花弁がゆっくりと開いていく姿(この際のペリペリ……という音が鳥肌もの)は、下手なクリーチャーよりも恐ろしい。


 奇しくも、新型コロナウイルスの影響で「いつ感染するかわからない」不安を日ごろから感じている我々にとって、このリトル・ジョーの存在は、ことさら不気味に映るのではないだろうか。誰が感染しているかわからないという恐怖は、もはや映画の中だけのフィクショナルなものではなく、私たちの肌感覚として刻まれてしまっている。


 さらにおぞましいのは、これが血を分けた母子においても生じるということ。「息子が何を考えているのかわからない」は子育ての中で親が直面する出来事でもあろうが、ここにも「人間を支配するかもしれない花」の存在がちらつき、さらにアリスが内心抱えている闇や願望に絡みついていく。




 夫と別れ、研究の傍ら子育てを行うアリスは、ジョーへの執着と同時に、解放されたいという欲望も同時に宿している。しかし、母親として「仕事を優先する」ことへの罪悪感も強く、カウンセリングに通うことで解決を試みていた。だが、リトル・ジョーを家庭に持ち込んだことによって、彼女が蓋をしていた感情も開いてしまうのだ。


 『リトル・ジョー』というタイトルは、アリスにとって、ジョーとリトル・ジョーのふたりの“息子”がいることを示してもいる。この「2つの大切な存在」の間でアリスが揺らぐさまが作品の大きな要素でもあるのだが、ジョーに変化が訪れたことによって、アリスもまた、彼から距離を置かれないように変貌していく、という展開が恐ろしい。子どもに対する一種の依存が強くなっていくのにしたがい、エミリー・ビーチャムの演技もよりダークなものへとスイッチが入る。


 これが「子離れできない親」であればことは単純なのだが、ジョーはリトル・ジョーに操られている可能性も捨てきれず、アリスはアリスで母親としての心配なのか、もう少しえぐみの漂う依存心なのか、観る者にはなかなか判別しづらい。計算された不安定とでもいうべきか、常にグラグラと感情が整わない本作の展開は、どう転ぶか予測できず、観客の精神もひりつかせる。いわば、ホラーとサスペンスのいいとこどりだ。


 さらに、ここで効いてくるのが、「人を幸せにする花」というリトル・ジョーの特徴。リトル・ジョーに「支配される」と書いたが、これは良いことなのか、悪いことなのか、観ていくうちに判断基準が消失していく。リトル・ジョーは人間を幸せにするために生まれた存在であり、花粉によって支配された「ように見える」人々は、口をそろえてこう言う。「すごく幸せだ」と。周囲から見れば奇異に映るのだが、それは個人個人の「幸福の概念」から来るもの。正しいかどうかは、また別の話だ。


 この「幸福論」は、日本でも社会現象化した『ミッドサマー』にも通じるもの。こちらでは、ホルガという共同体の一員になることで個の概念が消え去り、心が解放されていくさまが描かれたが、『リトル・ジョー』もまた、新種の花が人々を分け隔てなく救っていく。つまりこの2本は、共に「救済のホラー」でもある。


 アリスが生み出した「人を幸福にする花」は、自我をなくさせるものなのかもしれない。しかしそれは完全なる悪だろうか? それとも善なのだろうか? 


 その答えは、誰にも分からない。「幸福の定義」は、1つではないのだから。



文: SYO

1987年生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクション・映画情報サイト勤務を経て映画ライター/編集者に。インタビュー・レビュー・コラム・イベント出演・推薦コメント等、幅広く手がける。「CINEMORE」「FRIDAYデジタル」「Fan's Voice」「映画.com」「シネマカフェ」「BRUTUS」「DVD&動画配信でーた」等に寄稿。Twitter「syocinema



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作品情報を見る



『リトル・ジョー』

7/17(金)アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー

配給:ツイン

(c) COOP99 FILMPRODUKTION GMBH / LITTLE JOE PRODUCTIONS LTD / ESSENTIAL FILMPRODUKTION GMBH / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019

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