アイドル路線から飛び出したかったジョニー・デップ
かくもウォーターズには人の固定観念や先入観を逆手に取る力がある。前述のように、我々が「悪趣味、お下劣、変態」と勝手に決めつけていた持ち味も、ふと気付けば綺麗さっぱり裏切られ、彼は実に飄々と、メジャーシーンに飛び出していた。
それと同じことが主演のジョニー・デップの起用に関しても言える。当時、ジョニデは自分がTVシリーズ「21ジャンプストリート」のアイドル路線を継続してひた走ることをとても恐れていた。そんな矢先に本作の脚本を読み、「なんてワクワクする作品なんだ。完璧だ!」(『クライ・ベイビー』DVD収録映像より)と感じたという。
結果的に、これが見事にハマった。ウォーターズの演出の下、デップはこの挑発的な外見と、その実、繊細で礼儀正しい一面を持つ青年を、映画初主演とは思えないほどのコミカルさと堂々した存在感で演じきったのである。
『クライ・ベイビー』(C) 1989 Universal Studios. All Rights Reserved.
同年公開の『シザーハンズ』で彼を起用したティム・バートンも、プロフィール写真を見て彼の“瞳”に魅せられたそうで「言葉以上に表現力があり、まるで無声映画の俳優のようだった」(『シザーハンズ』DVD音声解説より)と語っている。これら二作が「外見ではなく、本質を見つめる」というテーマ性において絶妙に重なっているのもどこか興味深い。
いずれにしても、80年代の終わりにウォーターズ、バートンという映画界の異端児たちと出会わなければ、今のジョニー・デップは存在しなかった。とりわけダイヤの原石を最初に手にしたウォーターズはその功績をもっと誇っていいはずだが、本人は「ジョニーのおかげで、今なお『クライ・ベイビー』はTV放映され続けている。彼の映画キャリアの出発点で一緒に仕事ができて、本当に幸運だったよ」(『クライ・ベイビー』DVD音声解説より)と少しも偉そうではない。そんなところもこのカルトの帝王の愛されポイントなのかもしれない。