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 ジョニー・デップ初主演作『クライ・ベイビー』が描く、先入観や固定観念の向こう側

(c)Photofest / Getty Images

ジョニー・デップ初主演作『クライ・ベイビー』が描く、先入観や固定観念の向こう側

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ハグレ者の集団だからこそ成し遂げられた



 本作のキャストに関してはもう一つ逸話が残っている。本作に出演する若手女優トレイシー・ローズは、法律が定める年齢に達していないにもかかわらずポルノ作品に出演し、それが明るみとなったことで、業界全体を震撼させた人物として有名だ。当時、彼女と関わりのあった関係者の多くが捜査対象となり、自身にも世間の厳しい目が向けられていた。が、ウォーターズはそんな逆境にあった彼女をあえて起用した。


 FBIは『クライ・ベイビー』の撮影現場にもたびたび現れてローズを容赦なく事情聴取し、彼女は最初、孤立化して苦境に立たされていたという。


 しかしそんな時に立ち上がったのが、他でもないこの映画のキャストやスタッフたち。彼女を大いに支え、勇気づけた。挙げ句の果てに判明したのが、この現場には思いのほか、おおっぴらにできない過去(つまり前科という意味だが)を持つハグレ者が大勢集まっているという事実だ。彼らは自ずと仲良しグループを結成し、結束力を強めていったと言われる。


『クライ・ベイビー』予告


 そんなわけでこの現場には、過去に過ちを犯した者や、ローズのような特殊な経歴を持つ者、デップのようなアイドル路線からはみ出した男もいた。そして何と言っても、このいびつな山の頂きには「悪趣味、お下劣、変態」と謳われたジョン・ウォーターズの存在がある。つまり彼らは大将から一兵卒まで多くがハグレ者ばかりで構成された、一個師団のような集まりだったのだ。


 こういった一体感は、おのずと現場の熱量を高め、演技や演出を超越した空気となってすぐに映像に滲み出してくるものだ。ダンスや演奏シーンの臨場感、それにクライマックスのどんどんスピードを増していく高揚感などは、まさにその賜物と言えるだろう。彼らが一丸となって情熱を注ぎ込んだからこそ、『クライ・ベイビー』はこれほど底抜けに楽しく、先入観や固定観念を超越する、活き活きとした作品に仕上がったのではないだろうか。


 かつてカンヌ映画祭で本作が上映された折、観客は感動して総立ちになり拍手を送ったという。今年でちょうど公開から30周年が経つたわけだが、改めて見てもこのノリやテンポは一向に古びていないし、突き抜けるところはガツンと手応えを残す。相変わらず表層的な“不良”や”ワル”の概念に縛られない、とても度胸の据わった快作だ。


 惜しむらくは、この映画の中でカリスマ性に満ちたジョニー・デップが、昨今、すっかり俳優以外の案件で注目されることが多くなってしまった点だ。もう一度、かつての『クライ・ベイビー』のような天命ともいうべき作品と巡り合うことで、なんとか殻を破り、現在の苦境を脱して欲しいものだ。


 それにはもう少し時間が必要だろうか。


参考>

クライ・ベイビー』DVD収録映像 / 音声解説

シザーハンズ』DVD音声解説



文: 牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。



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作品情報を見る





『クライ・ベイビー』

Blu-ray: 1,886 円+税/DVD: 1,429 円+税

発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント

(C) 1989 Universal Studios. All Rights Reserved.

※2020年8月の情報です。



(c)Photofest / Getty Images

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