セリフのすべてが歌で語られるのは、ミュージカルでも特殊
ミュージカル映画は、われわれ観客を日常とかけ離れた空間に連れて行ってくれるケースが多いが、この『レ・ミゼラブル』は徹底してリアルな世界が追求された。ヒュー・ジャックマンは、ジャン・バルジャンの囚人時代を演じるために減量しただけでなく、36時間、水分も摂らずに撮影にのぞんだ。大量の水を浴びせられるオープニングのシーンでは、顔にかかる水をなめて喉の渇きを癒したという。
そのオープニングでは当初、ヒューは上半身裸で撮影される予定だったが、彼の腹筋は減量しても鍛え上げられた跡がわかるので、シャツを着ることになった。その他にもヒューの、いわゆる「6パック」が目立たないよう、衣装が変更された。アン・ハサウェイも死にゆくファンテーヌ役のために12kg減量。ファンテーヌの髪が切られるシーンでは、自身の髪が短く切られることも承諾した。髪を切るのは女性のキャラクターだが、実際に切ったのは男性の美容師で、その役の衣装を着た彼の手元が撮影された。
『レ・ミゼラブル』(C) 2012 Universal Studios.ALL RIGHTS RESERVED
なぜここまでリアリティが追求されたのか? 『レ・ミゼラブル』が、怪人や猫、魔法などが登場する他の人気ミュージカル作品と違って、生々しい人間ドラマという理由もある。しかしそれ以上に他の作品と一線を画すのが、ほぼ全編、セリフがすべて歌になっている点だろう。多くの曲が使われるミュージカル作品でも、曲の合間は登場人物たちが普段どおりの会話をするのが基本。いくら歌ったり、踊ったりと非日常が展開しても、会話のシーンでは現実的な風景に戻る。
とくに「映画」では、その感覚が顕著。非日常と日常の両サイドのコントラストが強いのが、『ウエスト・サイド物語』(61)などだ。『レ・ミゼラブル』のように全セリフが歌というのは、『シェルブールの雨傘』(64)などミュージカル映画でも極めて稀な例。非日常の感覚が延々と続いてしまうので、過剰なほどリアリティを意識しないと、感情移入しづらい部分が大きくなる可能性がある。
こうした『レ・ミゼラブル』の演出スタイルによって、歌が日常的セリフと一体化。観る者の心を激しく震わせることに成功した。公開時は、日本におけるミュージカル映画の興行収入で1位(58.9億円)を記録。その後、『アナと雪の女王』(13/255億円)、『美女と野獣』(17/124億円)、『アラジン』(19/121.6億円)という、ディズニーのミュージカル作品に抜かれるが、作品自体のもつ力に、トム・フーパー監督とキャスト陣のチャレンジが最高点でぶつかり合い、魂を揺さぶる感動をもたらした点で、この『レ・ミゼラブル』はミュージカル映画の歴史に残る傑作となったのだ。
文: 斉藤博昭
1997年にフリーとなり、映画誌、劇場パンフレット、映画サイトなどさまざまな媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。Yahoo!ニュースでコラムを随時更新中。
『レ・ミゼラブル』
Blu-ray: 1,886 円+税/DVD: 1,429 円+税
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
(C) 2012 Universal Studios.ALL RIGHTS RESERVED