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『欲望の翼』そして私たちは永遠にすれ違い、片思いは続いていく

『欲望の翼』そして私たちは永遠にすれ違い、片思いは続いていく

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記憶の中に封印された美しき香港を支える、クリストファー・ドイルのカメラとウィリアム・チャンの美術


 

 『欲望の翼』で提示される60年代の香港の風景は登場人物以外の人がほとんどおらず、静かでどこか冷ややかな雰囲気をたたえている。ヨディへの思いを断ち切れず、夜の坂道を彷徨するスーと、彼女を保護して以来、心配しては、夜道をそっと寄り添う警官(アンディ・ラウ)とのやり取りもつねに人気のない暗闇の中で。


 ウォン・カーウァイはこの作品を撮るにあたり、実際の1960年代の再現ではなく、58年生まれの彼が幼少期に記憶した香港の風景を映像にしたという。だからか、恋心が沈殿した香港の風景は寒色で構成されていて、どこか重い。


 だが、対照的にときどき、緑が艶やかなジャングルの風景が印象的にインサートされる。これはのちに、生母を訪ねてフィリピンに向かうヨディの南国の密林への情景と重なっていくのだが、どのシーンも鮮やかな印象を残し耽美に内省する世界観を支えるのが、クリストファー・ドイルのカメラとウィリアム・チャンの美術である。


 オーストラリア出身のドイルは18歳の時に船乗りとなってシドニーを後にし、いくつかの職業を経て中国語を学び、そこで培った人脈を生かし、香港で映画作りに携わっていく。生粋の根無し草で、船乗りでいる間、世界中の都市の風景を見てきたドイルの映す香港はどこか異邦人の視線が忍び込み、香港人が自覚していないこの土地の面白さを浮かび上がらせる。


 一方、ウィリアム・チャンは衣装、美術、グラフィック、ときに編集も音楽も担当するマルチ型のアートディレクターで、とくに自身の母親が日常的に仕立て屋からチャイナ服を作らせていたといい、そこで培った女性の美を際立たせる衣装作りに卓越している。本作では高等遊民であるヨディのボーリングシャツやミミのボディコンシャスなミニドレスなどで彼らの遊興に明け暮れる様を見せ、地道に働くスーや警官の地味な姿とのギャップを拡げる。




 ちなみに劇中、ヨデイとミミと、ミミに片思いするヨディの親友(ジャッキー・チュン)がよく行く店として出てくるのが北角の皇后飯店 (クイーンズ カフェ)。ロシア料理店からカフェとなった店で、甘すぎないミルクヌガーも好評な店だが、撮影中、この店をすっかり気に入ったヨディ役のレスリー・チャンが、ウィリアム・チョンの美術で銅鑼灣に姉妹店を出したことはよく知られている。


 映画の舞台となった店舗はなくなってしまったが、2009年、そこからそう離れていない同じ北角に再び皇后飯店はよみがえり、映画の中でスーと警官が待ち合わせした電話ボックスが設置されている。レスリーはこの世からいなくなってしまったが、彼が愛した空間は伝説の恋愛映画の雰囲気を伝える場として、まだ香港で息づいている。



文: 金原由佳(きんばら・ゆか)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」「装苑」「ケトル」「母の友」など多くの媒体で執筆中。著書に映画における少女性と暴力性について考察した『ブロークン・ガール』(フィルムアート社)がある。『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)、『アジア映画の森 新世紀の映画地図』(作品社)などにも寄稿。ロングインタビュー・構成を担当した『アクターズ・ファイル 妻夫木聡』、『アクターズ・ファイル永瀬正敏』(共にキネマ旬報社)、『伝説の映画美術監督たち×種田陽平』(スペースシャワネットワーク)などがある。



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作品情報を見る


『欲望の翼』

© 1990 East Asia Films Distribution Limited and eSun.com Limited.  All Rights Reserved.

配給:ハーク

2018年2月3日(土) Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開


※2018年2月記事掲載時の情報です。

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