映画化できなかったノーラ・エフロンの脚本作
脚本が撮影を通して変化する楽しさを知ったノーラ・エフロンが、やがて監督業に進出したのは必然だった。『恋人たちの予感』で成功をおさめた彼女は、自分の家族をモデルにしたコメディ『ディス・イズ・マイ・ライフ』（92）で監督デビューを果たすと、メグ・ライアンとトム・ハンクスが主演した『めぐり逢えたら』（93）、『ユー・ガット・メール』（98）、ニコール・キッドマン主演の『奥様は魔女』（05）など、時代を象徴する名作ラブコメ映画を数々つくりあげていく。遺作となった『ジュリー＆ジュリア』（09）はラブコメとは言えないものの、世代の異なる女性ふたりの人生を、ユーモアをまじえながらも温かく描き出した傑作だ。
『めぐり逢えたら』予告
ただし彼女自身は、ラブコメにかぎらずいわゆる社会派映画ももっと手がけるつもりだった、と明かしている。そのうち2本は、実在した新聞記者をモデルにした伝記。ひとつは、1980〜90年代に活躍し、ニューヨーク市警によるリンチ事件を暴いた新聞記者マイク・マカラリーの伝記映画。こちらは映画化こそ実現しなかったが、エフロンの死後、『ラッキー・ガイ』というタイトルで、盟友トム・ハンクス主演によりブロードウェイで上演された。もうひとつ彼女が執筆していたのは、朝鮮戦争を取材した記事でピューリッツァー賞を受賞した従軍記者マルグリット・ヒギンズの伝記映画。エフロンは『シルクウッド』と同様にアリス・アーレンと共同で脚本を執筆。何度となく映画化を目指したものの、そのたび失敗に終わる。
ヒギンズの物語を映画化できなかったのは自分の脚本家人生のなかでもっとも辛い体験だったと、エフロンは2007年のインタビューで語っている。1920年に生まれたヒギンズは、第二次世界大戦から朝鮮戦争、ベトナム戦争にアメリカの従軍記者として参加。女性には無理だと思われていた最前線にも自ら赴き、女性の従軍記者という地位を大きく前進させた人物だった。ジャーナリストとしてそのキャリアをスタートし、男性が主要な地位を占める映画界で女性の脚本家・監督として活躍したエフロンが、マルグリット・ヒギンズの半生をどう描いたのか。たしかに見てみたかったと思う。
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