二人の男性を救済する“祝福の女神”
そんな極度の偏屈男メルヴィンを、キャロルは圧倒的な母性で手なづけてしまう。撮影時60歳だったニコルソンに対して、ハントは34歳。26歳という親子ほど違う年齢差を軽々飛び越え、彼女はまるで母親のように彼を“真人間”へと導く。メルヴィンが嫌っていた薬をちゃんと飲ませて、「You make me want to be a better man(いい人間になりたくなった)」と言わせてしまう。サイコーではないか!
彼女はメルヴィンだけではなく、ゲイの画家サイモン(グレッグ・キニア)も救済する。映画が公開された1997年当時は「LGBTQ」という言葉もメジャーではなく、性的マイノリティにとっては今よりもっと生きにくい時代だった。しかもサイモンは、強盗に襲われて瀕死の重傷を負い、ココロもカラダもボロボロに。そんな彼の創作意欲を再び取り戻させるために、ヘレン・ハントは文字通り人肌脱いで、ヌードモデルになる。彼女は周りの人間を幸せにする“祝福の女神”であり、アーティストのクリエイティビティーを刺激する“ミューズ”でもあるのだ。
『恋愛小説家』(c)Photofest / Getty Images
もともとキャロルは44歳の設定だった。最初はユマ・サーマンがキャロル役に抜擢されたが、若すぎるという理由でプロデューサーに断られてしまう。メラニー・グリフィスがこの役を希望するも、アントニオ・バンデラスとの子供を妊娠していたため泣く泣く断念。コートニー・ラヴもオファーを固辞した。巡り巡ってキャロル役をゲットしたのが、ヘレン・ハントだったのである。我々はこの僥倖に感謝すべきだろう。そして彼女は、アカデミー主演男優賞を受賞したジャック・ニコルソンと並んで、みごと主演女優賞を受賞する。
なお『恋愛小説家』の原題は、『As Good As It Gets』。当初この映画は『Old Friends(旧友)』というタイトルで企画されていたのだがボツとなり(ちなみに改題を提案したのは音楽担当のハンス・ジマーだったそうな)、『Rock Bottom(どん底)』や『The Bright Side of Life(人生の明るい場所)』なども検討され、結果的にこのタイトルに落ち着いた。これには、「最高に素晴らしい」と「まあこの程度」という両方の意味がある。
しかし、この映画を鑑賞した皆は全員知っている。ヘレン・ハントこそ、「最高に素晴らしい」存在であることを。
文:竹島ルイ
ヒットガールに蹴られたい、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」主宰。
(c)Photofest / Getty Images