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二人の“ウェブ”から見えてくる、マーク・ウェブ監督の試行錯誤と再起への誓い『さよなら、僕のマンハッタン』

二人の“ウェブ”から見えてくる、マーク・ウェブ監督の試行錯誤と再起への誓い『さよなら、僕のマンハッタン』

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「自分は何者なのか?」と悩む主人公は監督の分身か?



 映画監督の中には、作品の中にまるで自らの分身のような主人公を描きこむ人がいる。例えばウディ・アレンの映画でアレンが演じるのはいつもボヤいたり、不安にかられているキャラばかりだし、キャメロン・クロウの映画では極上の選曲に乗せて主人公がセンチメンタルにたそがれる光景がお馴染みだ。そして『 (500)日のサマー』(2009)以来、独特な映画を撮り続けるマーク・ウェブ監督もまた、青春モノからアメコミ物まで実に幅広いジャンルを横断しつつも、主人公は一貫してマイペースに「自分探し」を続けている。




 そういえば、彼の『 アメイジング・スパイダーマン』(2012)のラストではこんなシーンがあったのを思い出す。それは敵を倒し、街の危機を救った後のいつもの教室の風景。教師は生徒に「あらゆる物語のテーマは10通りに分けられるそうですが、私に言わせれば全て1つに集約することが可能です。それは“自分は何者か?”ということ」と語る。思わず見逃してしまいがちなシーンだが、実はこの部分、マーク・ウェブが学生時代に受けた授業内容が反映されているらしい。


 ウェブの作品に「自分さがしの要素」が人一倍強くにじみ出るのは、きっとこの言葉が影響しているからだろう。女の子との関係性に振り回されても、軽快なポップミュージックに乗せて街角でミュージカルが始まろうとも、また摩天楼にクモの糸を張り巡らし豪快なスイングを決め込もうとも、最後には必ずこのテーマへと帰着していく。さらにいえば、主人公たちはいつも決まって「自分の才能をどう生かすべきか」という方向からアイデンティティを確立しようとしているかに見える。作品を通じてここまで一貫していると、これはもう「主人公が」と言うよりも、ウェブ監督本人が「自分は何者か?」と問い続ける求道者なのだと解釈してしかるべきだろう。



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