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『妹の恋人』言葉の代わりに花束を、ジョニー・デップ初期の秀作

(c)Photofest / Getty Images

『妹の恋人』言葉の代わりに花束を、ジョニー・デップ初期の秀作

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喜劇と悲哀



 ジェレマイア・チェチックの映画業界におけるキャリアは、スタンリー・キューブリックにビールのコマーシャルを絶賛されたことから始まる。その新聞記事を読んだスピルバーグに招かれ、瞬く間にアンブリンと契約を結ぶことになる。結果としてアンブリンで映画を撮ることはなかったが、チェチックのこのエピソードは伝説的に知られることになる。


 長編デビュー作『ナショナルラプーン/クリスマスバケーション』(89)は、『妹の恋人』につながるキートン的な古典喜劇への愛に溢れた傑作だ。デビュー作には映画作家のすべてが詰まっているという言節に倣うならば、チェチックのコアは、キートン、チャップリン、ハロルド・ロイドといった古典喜劇俳優の中にある。


 『妹の恋人』には90年代に映画デビューしたジュリアン・ムーアがベニーの恋人役ルーシーとして出演している。ルーシーは女優の夢を諦め、地元のダイナーで働いている。このダイナーでサムはパンにフォークを刺して「ブレッドダンス」を披露する。チャップリンが『黄金狂時代』(25)で披露した「ブレッドダンス」へのオマージュ。そして、あらゆる映画を知っているサムが、ルーシーの出演した作品を覚えているというエピソードが素晴らしい。


『妹の恋人』(c)Photofest / Getty Images


 サムはルーシーの目の前で彼女の出演した映画を即興的に再現する。『高校生連続殺人鬼』と題された架空の映画。カメラの影さえも敢えて隠さずに撮られたこのB級映画の持つアマチュア映画のような魅力は、本作の親密さと強く結びついているだけでなく、後にエド・ウッドを演じることになるデップ自身のイメージとも強く結びついている。『高校生連続殺人鬼』をルーシーを交えた四人で楽しく見るシーンは、四人の背景に滲む人生の悲哀を包み込むようなやさしさで見つめている。



言葉の代わりに



 『妹の恋人』にはデップのアイディアが多く盛り込まれている。たとえばサムとジューンが最初に口づけを交わすシーンで、二人の唇は触れそうで触れ合わない。触れ合わない唇が、ジューンの決断を尊重するサムの誠実さを表すと共に、二人の絆をよりエロティックな形に昇華させている。これは撮影現場で思い付いたデップのアイディアだという。


 本作の風変わりな青年サムが、片田舎で暮らす孤独な兄妹の人生を永遠に変えてしまったように、デップの演技はクインや、マスターソンのリアクション演技にまで影響を及ぼしている。彼らもまた感情の動きを、言葉ではなく表情や身振りの中に込めている。デップとクイン、マスターソン。この三人の俳優の間には暗黙の内に交わされた共通の演技プランがあるかのようだ。


 サムが失読症なのは示唆的だ。サムは言葉を書くことができない。アルバイトの契約書を書くシーンでは、右利きのデップが敢えて左手で名前を書くことで、子供の書いた字のようになっている。ベニーとジューン、そしてサム。この三人を強固な親密さで結ぶもの。言葉ではなく身振りという、自分たちの言語でコミュニケーションをとること。少なくともサムとジューンの間には、出会った瞬間からこのケミストリーがあった。紆余曲折を経て、ここにベニーが加わる。





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