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『妹の恋人』言葉の代わりに花束を、ジョニー・デップ初期の秀作

(c)Photofest / Getty Images

『妹の恋人』言葉の代わりに花束を、ジョニー・デップ初期の秀作

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規範からの反転



 本作では、いつの時代の何処ともつかないアメリカの片田舎で兄妹は暮らしている。自動車工場に勤めるベニー(エイダン・クイン)は、なんらかの感情的な問題を抱えている妹ジューン(メアリー・スチュワート・マスターソン)の保護者役となり、彼女に危険が及ばないよう自分の人生を犠牲にして妹との生活を送っている。本作では敢えてジューンの病名は明かされていない。ここにはチェチックが仕掛ける反転の意図がある。喜劇と悲劇の反転と同じように、本作からは価値観の反転を多く読み取ることができる。


 ジューンの公の場におけるパフォーマンスは社会的に許容されることがない。彼女は問題を抱える人物として差別的にラベリングされてしまう。対照的にサムが公園で披露する大道芸はギャラリーを生み、拍手で迎えられる。これまで同情的に見られていたサムは一芸によって脚光を浴びる。このような反転は理知的に人生を過ごしてきたベニーにも起こる。サムとジューンが恋仲になったことに怒りを撒き散らすベニーは、理性からもっとも遠いところにいる。このとき観客にとって一番狂って見えるのは、これまで誰よりも理性的だったベニーに他ならない。これらの反転は「正しさ」を揺さぶる。そしてジューンの抱える問題について投げかけられた問いとしても機能している。


『妹の恋人』(c)Photofest / Getty Images


 部屋の掃除が大好きなサムは、エプロン姿になり、アイロンでグリルドチーズ・サンドイッチを作る。ジューンにとってサムは最大の理解者であり、母親のような存在でもある。サムは古典的なジェンダー規範から遠く離れている。サムはジューンの絵の具を舐める。ジューンがミキサーで作る不味そうなミックスジュースを飲むのは、登場人物の中でサムだけだ。サムはジューンのそのままを受け入れている。あなたにとっての「はみだし者」が、私にとっての「はみだし者」にはならないということを、この映画は俳優たちの身振りで示している。


 チェチックは、シャロン・ストーンとイザベル・アジャーニが共演するリメイク版『悪魔のような女』(96)で、アンリ=ジョルジュ・クルーゾーのオリジナル版にはないフェミニスト的視点を盛り込んだ。彼にとって、世の中で「正しい」とされている価値観への揺さぶりや、規範からの反転は意図的なものだ。





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