「映像メディアを扱うホラー映画」の技法
監督のピサンタナクーンは、長編デビューとなったホラー映画『心霊写真』がタイの年間国内興行収入No.1を記録して一躍脚光を浴びた人物。同作は日本人映画監督・落合正幸のハリウッドデビュー作『シャッター』(08)としてリメイクされた秀作だが、意外にもバンジョンが純粋な長編ホラーを撮るのは久しぶりのこと。それだけあって、怪異を撮ることへのエネルギーと執念が全編に満ち満ちている。
『心霊写真』と『女神の継承』には“映像メディア”という共通点がある。『心霊写真』はカメラマンとその恋人が、友人の結婚式からの帰り道、ある女性を車でひき逃げしたことから怪異に襲われる物語。タイトルの通り、恐怖のはじまりは主人公の現像した写真に女性の顔が浮かび上がることだ。すなわち、“写真”が恐怖を媒介するものとして登場するのである。
かたや『女神の継承』では、写真に代わって動画が恐怖を媒介する。祈祷師に密着する取材班の映像には何が映っているのか。真夜中のミンの行動を確認するために仕掛けておいた定点カメラは何を捉えているのか。インタビューの中でそれぞれは何を語るのか……。映像メディアを扱うホラー映画として、本作はストーリーテリングの技法をさらに洗練させている。
『女神の継承』© 2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.
あくまでもホラー映画であることに自覚的なピサンタナクーン監督は、フェイク・ドキュメンタリーのルールを破るかのように、わざわざ大音量で観客を驚かせる演出(ジャンプスケア)もサービスとして取り入れている。しかし最も巧みなのは、むしろそうした効果に一切頼らない、「何が映っており、何が映っていないのか」だけで怖がらせる演出だ。問題の瞬間が撮れていれば恐ろしいし、撮れていなくとも想像が働いて恐ろしい。“映ってしまった”ようにしか見えない、心霊ビデオ風の凝った演出も効果的だ。映画中盤、ミンが乗用車の後部座席に乗り込んだら窓の中にも気をつけてほしい。
リアリズムを重視した息苦しい人間ドラマから始まる本作は、ありとあらゆる恐怖演出を搭載しながらどんどん加速していく。そして、細やかに設計されたパズルのピースが少しずつ揃い、その全体像が見えてくるたびに、登場人物と観客が「こうならないでほしい」と願ったほうへと物語の舵は切られ続ける。本稿の冒頭で、この映画を“地獄へ突き進むジェットコースター”と形容したのはそのためだ。
『チェイサー』から『哀しき獣』、そして『哭声/コクソン』へ。ナ・ホンジンはフィルモグラフィを通じて“絶望”や“理不尽”を描きつづけてきたが、本作もそれは同じ。そしてピサンタナクーン監督による恐怖演出の手数の多さは、こうしたテーマとも相性が抜群だ。ところが、映画のラストに待っている“いかにもナ・ホンジンらしい”ツイストは、実は原案にはなく、バンジョン監督が独自に考案したアイデアだったという。ふたりの恐ろしい才能が手を組んだ時点で、この恐怖はすでに約束されていたと言うほかない。
取材・文:稲垣貴俊
ライター/編集/ドラマトゥルク。映画・ドラマ・コミック・演劇・美術など領域を横断して執筆活動を展開。映画『TENET テネット』『ジョーカー』など劇場用プログラム寄稿、ウェブメディア編集、展覧会図録編集、ラジオ出演ほか。主な舞台作品に、PARCOプロデュース『藪原検校』トライストーン・エンタテイメント『少女仮面』ドラマトゥルク、木ノ下歌舞伎『東海道四谷怪談―通し上演―』『三人吉三』『勧進帳』補綴助手、KUNIO『グリークス』文芸。
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『女神の継承』
7月29日(金) シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷、グランドシネマサンシャイン池袋、UPLINK吉祥寺
配給:シンカ
提供:シンカ、エスピーオー
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