『ゲット・アウト』米コメディ界の異端児は、いかにしてネタバレNGの最恐ホラーを作り上げたか?

『ゲット・アウト』米コメディ界の異端児は、いかにしてネタバレNGの最恐ホラーを作り上げたか?

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笑いと恐怖。紙一重の感情を巧みに操る魔術師



 「笑い」と「恐怖」は紙一重だ。怖すぎて思わず笑ってしまうこともあれば、逆に笑いすぎて怖くなってしまうこともある。私にとって腹を抱えるほど可笑しいことが、他の人には身の毛がよだつほど恐ろしく感じられるケースもあるだろう。さらに言えば、『リング』や『呪怨』といった日本製ホラーだって、編集のタイミングが1フレームでも違っていたら、周到に張り巡らされてきた恐怖の糸はすっかり笑いへ転じてしまっていたはずだ。


 笑いを生み出すのは、数多ある創作の中で最も難しい行為とも言われる。笑いのツボや感覚が人によって大きく異なる中で、その最大公約数を狙うのか、それとも特定の層にポイントを絞って勝負するのか。それを仕掛ける方法や状況、タイミングはいつなのか。笑いの神様は、全ての計算がピタリとハマった時にだけ、微笑みながら降りてくるもの。また、こうした才能を自在に操ることができるのなら、作り手は笑いのみならず、観客の恐怖さえも司ることができるのかもしれない。


 具体的な例で言うと、日本でも笑いとバイオレンスを描き続ける北野武の姿がおのずと想起されるし、落語家や講談師がその語り口によって観客の心理を絶妙な状況へと誘う様にも同様の境地を感じずにいられない。そしてアフリカ系アメリカ人のコメディアン、ジョーダン・ピールも、それらの才能を見事に駆使することができる逸材なのだろう。彼が初監督ホラー『ゲット・アウト』で我々を連れ出すのは、そういった“最恐の場所”である。




米コメディ界の人気者、ジョーダン・ピールとは?



 このジョーダン・ピールとは一体どんな人物なのか。日本では彼の名前はおろか、相棒のキーガン=マイケル・キーと共に手がけた「Key and Peele」というコメディ番組もほぼ無名に等しい。同番組のスケッチ(日本でいうコント)の題材は、身の回りの文化、歴史、社会、人種問題など、とにかく盛りだくさん。中でも彼らが生み出した「Luther(ルーサー)」という作品は、オバマ大統領(になりきったピール)が穏やかに演説する背後で、“怒りの通訳者”ルーサー(キーガンが演じる)が大統領の本心を、目を見開き感情をむき出しにしながら代弁するというもの。これがオバマ大統領の目にも留まり、ホワイトハウス主催の特派員晩餐会で大統領本人とルーサーがツーショットでステージに立ちパフォーマンスを披露する事態にまで発展した。




 また、キー&ピールは『キアヌ』(16・未公開)で映画界にも進出。物語の中心に“キアヌ”という名の可愛らしい子猫を配する動物モノでありながら、コメディとサスペンスとアクションの要素をちりばめた奇想天外な作品だ(ワンシーンだけ、子猫の声をキアヌ・リーヴスが担当)。その中でジョーダン・ピールは主演のみならず、製作と脚本も兼任。この映画からは、彼が単純なコメディの枠内にとどまらず、その境界線を破壊して様々なジャンルを融合させようとする野心が透けて見えてくる。


 この『キアヌ』はRotten Tomatoesにおいて、批評家の77パーセントからフレッシュの高評価を獲得した。だが、驚くべきはその後、ジョーダン・ピールが単独で挑んだ『ゲット・アウト』だ。彼が脚本のみならず初監督を手がけた本作は、同評価サイトにてなんと「99パーセント」のフレッシュを獲得!このとんでもない数値を目にしただけでも、彼が何か革命的なことをやらかしたことが如実に伝わってくるではないか。


“差別意識”に切り込むアイディアはどのように生まれた?



 『ゲット・アウト』では、アフリカ系アメリカ人の主人公が、白人のガールフレンドの家庭へ初めて招待される顛末が描かれる。初めて出会う父母、そして弟。これは人種の壁がなくても少なからず緊張を強いられる人生の一コマなわけだが、ここで登場する彼女の家族がまた厄介なのだ。表向きはリベラルを自称しながらも、口にする言葉の端々にちょっとした差別意識や違和感を挟み込んでくる。しかもこの家の庭やキッチンには、まるで時代を逆行したかのようなアフリカ系の使用人たちが、不気味な笑みをたたえながら立っている。このちょっとした「不可解さ」の集積が、やがてとんでもない恐怖を招くことになるのだが・・・。


 多くの人種が共存するアメリカ社会では、こういった文化間の小さな衝突が日常茶飯事で起こりうるもの。しかし、これら一つ一つに目くじらを立てていては生活が成り立たないから、あえてスイッチをオフにしてやり過ごしている部分も多いわけだ。ジョーダン・ピールの着眼点はまさにそこ。この無感覚化されたスイッチを密かにオンに切り替え、日常生活を改めて見つめ直した時に感じる違和感としっかりと対峙してみる。これはある意味、互いの差異に着眼するコメディ的な発想であり、と同時に、差異を断絶として捉えるホラー的発想とも言えるだろう。


 もともと、コメディアンながらホラー映画の大ファンでもあった彼が、『ゲット・アウト』のアイディアを最初に着想したのは08年。大統領選の真っ只中で、候補者同士が「女性やアフリカン・アメリカンが大統領になること」について討論していた時だったという。ここで彼の意識を捉えたのが、この国をうっすらと覆う“差別や偏見”だ。それらは声高に主張されなくても、また面と向かって直接的に突きつけられなくても、無意識の中で不意に醸し出されてしまうことがる。些細なことだが、それによって知らないうちに相手を傷つけ、また逆に傷つけられることも少なくない。


 その後、09年の1月にはオバマ政権が誕生し、アメリカの人種問題は明るい未来に向けて前進しはじめたかに見えた。ピールが脚本を書き始めたのもまさにこの頃で、今ならばこの人種問題をはらんだ題材を、決してセンセーショナルな扱いではなく、あくまで自分の興味関心を追究するような形で掘り下げることができる、と考えたようだ。


 さらに、ひょんなことからピールが影響を受けたものとしてエディ・マーフィの存在がある。80年代の伝説的ステージをソフト化した映像作品の中でエディは、当時大ブームとなった『ポルターガイスト』や『悪魔の棲む家』について「白人たちはゴーストがいると知りながら、なぜその家に住み続けるんだ?俺がもしゴーストから『出て行け!』と言われたら、何の躊躇もなく、あっという間に出て行くけどね」といった趣旨のジョークを飛ばしたのだとか。おそらくタイトルの『ゲット・アウト』はこの『出て行け!』から引用したのだろう。当初はピールの中でエディ・マーフィを主演にしようと構想もあったそうで、このネタがいかに本作の根底部分に影響を及ぼしたのかが伝わってくる。




コメディとホラーのインスピレーションは同じ?



 では、ジョーダンは「恐怖と笑い」の関係性についてどのように考えているのだろうか。その発言を紐解いていくと、彼の「両者のインスピレーションは同じ」という持論に行き当たる。彼によれば、人間とはそもそも不条理な存在なのだそうで、その不可解さの正体に触れたい、見極めたいとする思いこそが、観客をホラーやコメディへと向かわせる。そして、笑ったり怖がったりする自分を受け入れる事によって、人は心を浄化して困難や不安を乗り越え、感情をコントロールしながら前に進んでいく事ができる、というのだ。


 また両者は概念のみならず、方法論としても共通するところがある。今回の監督デビュー作においても、ピールは コメディで磨いてきたノウハウや感覚を余すとこなく注ぎ込んだ。それらは、何気ない会話の中に伏線や違和感を散りばめる形でも踏襲されているし、ここぞという場面でガツンと衝撃をもたらす場面でも大いに活かされた。こういった「緊張と緩和」を体内に血肉化していたからこそ、彼はその巧みな語り口に乗せて、観客をスムーズに“不可解さの闇”へと誘うことができたのかもしれない。


 通常だとジャンル・ムービーの中で新しいことを成し遂げるのは困難とされる。だが『ゲット・アウト』はそれを打開するアイディアを、私たちにとって最も身近な精神的基盤、つまり生まれ育った場所、故郷、アイデンティティ、ルーツに見出した。そうやって幼い頃から植え付けられた差別や偏見を赤裸々に発動させることによって、かの「偉大なアメリカ」に偏在する“巨大なモンスター”を浮き彫りにして見せたのである。ユーモアと恐怖と社会風刺が折り重なった刺激的なホラーはこのようにして生まれたのだ。


 オバマ政権時の比較的穏やかな時期に着想された本作は、結果的にピールが避けようとした“時代の荒波”をモロに被りながら、最もこの問題がセンセーショナルかつデリケートに炸裂する時期(トランプ就任直後の2017年2月)に公開を迎えた。彼自身もこのテーマが人々を過度に刺激し、怒らせるのではないかと戦々恐々だったとか。でも幸いなことに、大部分の観客はまず何よりも、この映画が内包する破格のエンターテインメント性に驚き、慄き、心酔した。その上で、人々は本作のテーマについても自ずと思考を巡らせ、それぞれが社会意識を持って対話する機会も生まれているようだ。Rotten Tomatoesが示す高評価と満足度もそこから来るのだろう。ピールの“読み”は見事なまでに当たった。その点をとっても改めてすごい才能の誕生である。


 果たしてこの先、コメディとホラーの紡ぎ手として、いかなる眺めを見せてくれるのか。おそらく快進撃は続くだろう。次回作はもっと凄いことになるはず。我々は笑いと恐怖の心づもりを両方用意した上で、異端児ジョーダン・ピールの仕掛ける“次なる一手”を楽しみにして待ちたいものだ。


作品情報を見る


『ゲット・アウト』

10/27(金)TOHOシネマズ シャンテ他、全国ロードショー!

配給:東宝東和 公式HP: http://getout.jp/

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