2022.12.24
名探偵ブノワ・ブラン、真の誕生
ジョンソンは『名探偵と刃の館の秘密』を振り返り、「1作目は物語の構成上、アナ・デ・アルマス演じるマルタが主人公のようなもので、ブランは大きな“脅威”でした」と語った。確かに謎解き役ではあったが、物語の進行上、ブランは「敵のような存在だった」というのである。
しかし『グラス・オニオン』では、観客がブランと同じ視点でギリシャの孤島に、すなわち物語に入っていく。登場する容疑者の一人ひとりに、観客はブランの目線から接することになるのだ。そして観客と同じく、ブランも目の前で起こる出来事に感情を揺さぶられる。ジョンソンも認めているように、これは前作よりもはるかに主人公らしい役回りだ。
そして本作では、それゆえにブノワ・ブランというキャラクターの人間らしさも明かされる。彼がどんなことに感銘を受け、何に怒り、何に後悔するのか。プロフェッショナルの探偵としての倫理と信条はいかなるものか。ポアロやホームズ、刑事コロンボに金田一耕助、さらには古畑任三郎や江戸川コナンに至るまで、優れた名探偵にはこうした人間味も必要不可欠。その意味で、この映画は“名探偵ブノワ・ブラン”が真に誕生した一作だと言えるのだ。いわば、2作目にしてシリーズの土台が固まったのである。
『ナイブズ・アウト: グラス・オニオン』John Wilson/Netflix © 2022
もちろん、このキャラクターを創造した“ミステリー作家”ライアン・ジョンソンの進化も見逃せない。ブランやマイルズ・ブロンたち個性豊かなキャラクターを転がしながら、緻密かつ予測不可能な物語を設計した脚本は前作よりも大幅にレベルアップ。全編に散りばめた伏線から、『グラス・オニオン』というタイトルに込められた意味まで、さまざまな要素をきちんと回収していくパズラーぶりと、逆にすべてを回収しない(無駄を用意する)ことで遊びの余地を残しておくバランス感覚は非常に稀有なものだ。
そもそも殺人事件や犯罪を主軸とするミステリーが、いつの時代も人間や社会が抱えてしまう不具合や欠陥を遠回しに扱うものだとするならば、その物語が完璧に構築されすぎてしまうことはむしろ不完全なのかもしれない。ありとあらゆる要素が無駄なく配置された謎解きは、もはや作り物にしか見えず、人間や社会を描く物語としての豊かさを失ってしまいかねないからだ。
本作も億万長者や成功者たちをめぐる物語であり、富や格差、権力構造といったシリアスなテーマをはらんでいる。しかしその一方で、ジョンソンはユーモアやサプライズの数々を(もはや必然性があるとは言い切れないほど)たっぷりと投入し、わざわざ作品に揺らぎの余地を与えた。ミステリーとしての緻密さ、ブノワ・ブランという主人公の確立に加えて、こうした作劇の感覚こそが、筆者には『ナイブズ・アウト』とライアン・ジョンソンの進化を表しているように思われてならないのである。
『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』予告
『グラス・オニオン』が完成した今、早くもジョンソンは第3作の準備に取りかかっている。あらゆる面でウェルメイドだった本作を経て、続編のハードルはさらに高くなってしまったが、きっとこのシリーズはさらに成熟できるはず。期待しながら続報を待つことにしよう。
ちなみにジョンソンの次回作は、脚本・監督・製作総指揮を務めるミステリー・ドラマシリーズ「Poker Face(原題)」。いまやすっかりミステリー作家となった感があるだけに、『ナイブズ・アウト』ファンはこちらも要注目だ。2023年1月より米国配信開始とあって、早期の日本上陸が待たれる。
参考資料:『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』プレス資料
文:稲垣貴俊
ライター/編集/ドラマトゥルク。映画・ドラマ・コミック・演劇・美術など領域を横断して執筆活動を展開。映画『TENET テネット』『ジョーカー』など劇場用プログラム寄稿、ウェブメディア編集、展覧会図録編集、ラジオ出演ほか。主な舞台作品に、PARCOプロデュース『藪原検校』トライストーン・エンタテイメント『少女仮面』ドラマトゥルク、木ノ下歌舞伎『東海道四谷怪談―通し上演―』『三人吉三』『勧進帳』補綴助手、KUNIO『グリークス』文芸。
Netflix映画『ナイブズ・アウト: グラス・オニオン』12月23日 (金) より独占配信中
John Wilson/Netflix © 2022