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『aftersun/アフターサン』11歳の夏、空に消えた笑い声の行方

© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

『aftersun/アフターサン』11歳の夏、空に消えた笑い声の行方

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『aftersun/アフターサン』あらすじ

思春期真っただ中、11歳のソフィ(フランキー・コリオ)は、離れて暮らす若き父・カラム(ポール・メスカル)とトルコのひなびたリゾート地にやってきた。輝く空の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、親密な時間をともにする。20年後、カラムと同じ年齢になったソフィ(セリア・ロールソン・ホール)は、ローファイな映像の中に大好きだった父の、当時は知らなかった一面を見出していく……。


Index


夏の空白に



「同じ空を見るってステキ。たとえば遊び時間に空を見上げて、太陽が見えたらパパも太陽を見てると思える。同じ場所にいないし、離ればなれだけど、そばにいるのと同じ」


 ソフィ(フランキー・コリオ)は父親のやさしさを知っている。忍者のような動きをする、たまにヘンな父親カラム(ポール・メスカル)。11歳の夏休み。父親と訪れたトルコの澄んだ青空には、パラグライダーたちが飛び交っている。若くして父親になったカラム。二人はよく兄妹だと間違えられる。間違えられたソフィはいつものことなのか、どこか嬉しそうな表情をしている。明らかに同年代の少年たちより精神的に大人びているソフィ。カラムとソフィが最高の相棒、または恋人同士のような特別な関係でいられるのは、この夏が最後かもしれない。一年前では早すぎる。一年後では遅すぎるかもしれない。二人の旅がやがてこの世界からの逃避行のように見えてくる。



『aftersun/アフターサン』© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022


 『aftersun/アフターサン』(22)は夏の隙間に生まれた11歳の少女の感情をスケッチしていく。不意に訪れる一瞬の沈黙。太陽の光に吸い取られるように消えていく蝉の鳴き声。二人ぼっちの海の静けさ。夜の町を歩く感覚。アスファルトに反射する町の灯。重ね合った手の体温。きっと大人になったらほとんど思い出せなくなってしまう些細な出来事。私たちは目の前を過ぎ去っていくすべてを胸に留めておくことはできない。しかし忘れてしまうことの無情ささえ、この映画は愛している。


 カラムは心の優しい父親だ。そしてソフィは物事をよく感じ取っている少女だ。父親が人生に焦りを感じていることに彼女は気付いている。ソフィは海の底に消えていった潜水マスクが高価なものだったことを心配する。父親が経済的に余裕のないことを察しているのだ。若くして父親になり、何らかの理由でパートナーと別れたカラムはもうすぐ31歳を迎える。カラムにとって人生はこんなはずではなかったのかもしれない。カラムには娘に隠している感情がたくさんあるように見える。しかし彼の中にある“よき父親でいたい”という思いは、とても真摯に感じられるものだ。


 大人になることへの期待が胸に渦巻いている少女と、このまま年齢を重ねてしまうことへの恐怖に押し潰されそうになっている父親。対照的な二人の感情の力学が交差する地点を、本作は抽出している。カラムとソフィはカメラを構える。ミニDVビデオカメラは2000年前後において最新の機器だった。そしてブラーのヒット曲「テンダー」に、同時代の同じ空の下で生きる者としての“祈り”を感じていた2000年前後の世界。あの夏の空気。




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