2023.05.17
『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』あらすじ
1980年代のニューヨーク。ユダヤ系アメリカ人家庭に生まれたポールは、公⽴学校に通う12歳。教育熱心な母、働き者の父、私立学校に通う優秀な兄と、何不⾃由のない⽣活を送っていた。しかし、クラス⼀の問題児である⿊⼈⽣徒と親しくなったことで複雑な社会情勢を知ることに。
Index
子供時代の過ち
「私たちみんなをつなぐものは、誰もがかつて子供だったという事実です」(アン・ハサウェイ)*1
『アルマゲドン・タイム』(22)はニューヨークの秋の木漏れ日から始まる。ロナルド・レーガンが核戦争の脅威を訴え、ジョン・レノンが凶弾に倒れた1980年。この秋に射しこむ光。『地獄の黙示録』(79)の原題『アポカリプス・ナウ』と似た響きを持った本作には、子供時代の終焉が描かれている。
本作の主人公ポールにとっての最終戦争=アルマゲドンとは、無邪気な子供時代に起きた様々な別れや、あのとき言い出せなかった言葉への後悔、父親への恐怖を意味する。大人になったポールは人生の様々な局面で、1980年の秋に起きた出来事を思い出すだろう。しかしジェームズ・グレイ監督が注視するのは、子供時代のほろ苦いノスタルジーではなく、むしろ子供時代における“限界”を浮かび上がらせることだ。ポールの母親役を演じるアン・ハサウェイの言葉は、本作の厳しさに対して木漏れ日のような慈悲で包み込んでいる。
『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』© 2022 Focus Features, LLC.
ユダヤ系アメリカ人の中流家庭で育ったポールは、クラスメイトの黒人少年ジョニーと仲良くなっていく。芸術家気質なポールと宇宙に行きたいジョニー。反抗的で夢見がちなところが二人の共通点だ。ポールは教師を茶化す絵を授業中に描いてクラスメイトを笑わせる。高圧的な教師の逆鱗に触れたポールを見たジョニーは、すかさずジョークを被せフォローする。黒板の前に立たされる二人。ポールは授業を再開する教師の背後でおどけた態度をとり、再びクラスメイトたちを笑わせる。ふざけた態度をとっているのはジョニーに違いないと、教師は何の確認もせず不当にジョニーを犯人だと決めつける。
不当なことに抵抗する勇気のなさ。この授業のシーンには本作を支える大きなエレメントが含まれている。自分の罪を被った友人への不当な扱いに対して、ポールは何も言うことができない。どこにでもあるような風景の中に、様々な不当性や差別の階層が見え隠れしている。教師による不当な扱いは、当事者のジョニーだけでなく隣にいるポールをも傷つけてしまう。しかしポールは差別を見過ごしてしまう。ポールは自分の住む世界への恐怖を感じ始めている。