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『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』1980年秋の木漏れ日

© 2022 Focus Features, LLC.

『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』1980年秋の木漏れ日

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コントラストの低さ



「私たちは映像がどれほど汚かったかを忘れてしまっています。(中略)コントラストが低く、ほとんど暗い画面。私たちは芸術的な方法でそれを再現したかったのです」(ジェームズ・グレイ)*2


 アマゾンの奥地へ旅する『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』(16)、ブラッド・ピットが宇宙へ向かう『アド・アストラ』(19)を経て、ジェームズ・グレイは生まれ育ったニューヨークの舞台に再び戻ってきた。『アルマゲドン・タイム』はジェームズ・グレイの自伝的な作品として位置付けられる。本作は、“アメリカへの入り口”エリス島を訪れる移民たちが描かれた傑作『エヴァの告白』(13)と地続きの作品といえる。ユダヤ系アメリカ人のポールは、ウクライナからやってきた移民の家系だ。ポールは白人であるという一点によって様々な局面で救われている。


 ポールの住む地域自体がコントラストになっている。高層ビルが遠くに見える街。天井の低い狭い家。ポールの家はごちゃちゃとした生活感に溢れている。ジェームズ・グレイがリスペクトするマーティン・スコセッシ作品のような、食卓を囲む家族の風景。それが画面のトーンを決定付けている。ポールの母エスターの服装に派手さはないが、確固としたこだわりが彼女の中にあることを感じさせてくれる。アン・ハサウェイのようなスターに生活感があることがまず素晴らしい。



『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』© 2022 Focus Features, LLC.


 エスターの作った料理への不満から大騒ぎになる家族。食事を喉に詰まらせた父親アーヴィング(ジェレミー・ストロング)を笑いものにするポール。激怒する父親。心理的に少し離れたところからすべてをやさしく見守る祖父アーロン(アンソニー・ホプキンス)。ユーモアを交えながら家庭内の関係性を的確に抽出していくジェームズ・グレイの演出力、実に見事だ。


 撮影監督ダリウス・コンジは、本作のルックの参考としてヘレン・レヴィットの写真を挙げている。ハーレムを含むニューヨークのストリートを捉えた彼女の写真。その中の子供たちは、階級や人種の違いを意識せず無邪気に遊んでいる。ここには分断の“コントラスト”がない。子供たちの纏う社会性が未分化のまま記録されている。グッゲンハイム美術館の見学から抜け出すポールとジョニーの無邪気な高揚感。グラフィティだらけの地下鉄に乗って、シュガーヒル・ギャングのライブへ期待を膨らませる少年たち。


 本作の撮影に関して「貧しい光」と形容するダリウス・コンジの言葉は、新しいカルチャーの芽生えや高揚感が、ストリートの汚さや貧しさと表裏一体の関係にあったことを捉えている。同時に光と影のコントラストが曖昧で“平等な画面”だからこそ、差別による感情のコントラストがくっきりと浮かび上がるといえる。一見リベラルのように見える、ポールの家庭に隠れている差別意識。しかし祖父だけは違う。ユダヤ移民の苦労を知っているアーロンは、高潔に生きることをポールに教える。アーロンはポールにとって人生のメンターとなる。本作のアンソニー・ホプキンスの演技はとめどなく素晴らしい。




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