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『フェイブルマンズ』実体験に基づくダークサイド・オブ・スピルバーグ
『フェイブルマンズ』あらすじ
初めて映画館を訪れて以来、映画に夢中になったサミー・フェイブルマン少年は、8ミリカメラを手に家族の休暇や旅行の記録係となり、妹や友人たちが出演する作品を制作する。そんなサミーを芸術家の母は応援するが、科学者の父は不真面目な趣味だと考えていた。そんな中、一家は西部へと引っ越し、そこでの様々な出来事がサミーの未来を変えていくーー。
Index
自らに潜む暴力性
『フェイブルマンズ』(22)は、両親と映画館にやってきたサミー少年が、セシル・B・デミル監督の『地上最大のショウ』(52)を観る場面から始まる。母は帰りの車で「どこが一番面白かった?」と尋ねるが、すっかり放心状態のサミーは返事もできない。
『フェイブルマンズ』は、ほとんどのシークエンスがスティーヴン・スピルバーグ自身の記憶に基づいた自伝的作品であり、このエピソードも実体験によるもの。特に興味深いのは、サミー=スピルバーグにとって最も心奪われた場面が、列車と車の“CRUSH”(衝突)だったことだ。彼は“CRUSH”のオブセッションにとり憑かれ、列車のおもちゃをおねだりし、自らの手で衝突事故を再現する。そして母親から譲り受けた8ミリフィルム・カメラで、繰り返し“CRUSH”をスクリーンに蘇らせるのだ。
思えば、『未知との遭遇』(77)にこんな場面があった。算数がからっきしな息子に、分数について質問された主人公ロイ(リチャード・ドレイファス)は、おもちゃの列車を走らせて「列車をどれくらい動かせば、衝突事故を防げるか?」というクイズを出す。結局列車は衝突してしまうのだが、その瞬間息子は嬉しそうな笑顔を見せる。少年時代のオブセッションを、スピルバーグはそのまま『未知との遭遇』で反復しているのだ。
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辞書を紐解くと、“CRUSH”には「押しつぶす」、「押し砕く」、「壊滅させる」という意味もある。他者を力づくで屈服させる、圧倒的な暴力。スティーヴン・スピルバーグは幼少時から暴力に酔いしれていたことを、映画の冒頭からいきなり告白する。
そして、本作の白眉とも言える終盤でのロッカールームのシーン。クラスの人気者ローガンの姿を、サミーは圧倒的なまでに美しくフィルムに焼き付けていく。だが過度なまでに“美しすぎる”姿に、ローガンはショックを受ける。そこに写っているのは、ありのままの自分ではなく、虚像でしかないのだと。ローガンはロッカーに頭を打ち付け、涙に暮れる。そしてこの瞬間、サミーは映像というメディアが人を傷つける凶器に成り得ることを理解する。
いわば『フェイブルマンズ』という作品は、主人公の少年が自らに潜む暴力性を発見し、映像というメディアの暴力性に自覚的になっていく過程を収めたフィルムと言える。“CRUSH”に魅入られ、狂わされた男の物語。ここには、『ニュー・シネマ・パラダイス』(88)のような高揚感はない。世界最高の映画監督による自伝的映画としては、極めて特異な作りと言えるだろう。