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『ゲティ家の身代金』公開1ヶ月前に22シーン、400ショットを再撮影!映画史上類のない俳優交代を可能にしたものとは?

©2017 ALL THE MONEY US, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

『ゲティ家の身代金』公開1ヶ月前に22シーン、400ショットを再撮影!映画史上類のない俳優交代を可能にしたものとは?

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22カ所に及ぶ場面を9日間で撮り直し!何がそれを可能にさせたのか?



 だが今回の『ゲティ家の身代金』の前では、3割や4割の撮影消化など可愛らしいものに思えてくるだろう。なぜなら本作の場合は全ての撮影を終了し、編集もほぼ完成へと近づいた段階で、スペイシーのセクハラ問題が明るみに出たからだ。


 しかも映画の公開まで1ヶ月もないという状況下、キャストを変更して仕上げるには、約400ショットに及ぶ22カ所ものシーンを再撮影せねばならず、しかもこれらをおこなうには約1,000万ドルが必要だと計上されたのだ。本作の製作費は3,000万ドルで、その3割増しとなる予算超過は興行に響いてくる。そしてなによりも、先に挙げた短期間での撮り直しが物理的に可能なのか? といった大きな問題に映画は突き当たっていく。



『ゲティ家の身代金』©2017 ALL THE MONEY US, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.


 だが本作は、短期間での再撮影を見事に成し遂げ、完成へと導いている。ゲティが150万ドルの絵を購入したローマでの場面を除き、すべて元のロケ地に赴いて再び撮影をおこない、共演のミシェル・ウィリアムズとマーク・ウォールバーグも必要に応じて再撮影に加わった(このさいの両者のギャラの格差も後に問題を招いている)。またヨルダンで撮影された冒頭のサウジアラビアの砂漠の場面などは、プラマーがグリーン・スクリーンの前で演技をし、スペイシーの部分をデジタルでリプレイス(置き換え)している。加えてスペイシーがアップで映っているショットを引きのロングショットに替えるなど、顔を写さずに存在を示す撮影テクニックも活かされた。


 こうした不可能を可能にした要素として、やはり監督であるリドリー・スコットの特性を無視することはできない。リドリーは剣闘士を描いた米アカデミー賞作品賞の『 グラディエーター』(00)において、撮影の途中で亡くなったオリヴァー・リードの残り場面をデジタル処理で仕上げた。また伝説の英雄をリアルに捉えた『 ロビン・フッド』(10)では、マリアン役にシエナ・ミラーを配しながら、途中でケイト・ブランシェットに代えるといった俳優変更も経験済みである。ゆえに今回のトラブル回避は、監督の経験とキャリアがそうさせたのだと実感できる。


 そしてゲティ翁を代演したクリストファー・プラマーの高度なパフォーマンスも、再撮影を成功へと導いた要素のひとつだろう。ときに物語を喜劇にも悲劇にも傾かせる度を超えた拝金主義を、顔に刻んだシワの一本一本から感じさせていく演技は、役に相応する年嵩と人生の蓄積がなければ表現しえないものだ。予告編に残っている、特殊メイクで老齢を表現したスペイシーのそれと比べると、その差は歴然としているではないか。



『ゲティ家の身代金』©2017 ALL THE MONEY US, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.


 なによりも本作は、業界を取り巻く問題に対して回答を示さねばならなかったのだ。おりしも同時期にアメリカ映画界は、ハーヴェイ・ワインスタイン(映画プロデューサー)のセクハラ行為に端を発する性的虐待への追及が高まり、スペイシーへの処分は避けられないものとなっていた。


 だがこの映画のクリエイターたちは創作という立場から、作品そのものを無かったことにするのではなく、むしろ再撮影をしてでも世に出すことで、道義的な姿勢を明らかにしたのである。それを為すべきポジションに本作が置かれたことも、困難な再撮影を可能にする機動力、ないしは推進力になったといえるだろう。


 映画史において前代未聞というべき、完成直前での主演交代劇。『ゲティ家の身代金』は、この一点を自らの眼で確認し、その背景に考えを巡らせるだけでも、劇場に行く価値を充分に有している。



参考文献:

Laurence Raw“Ridley Scott Encyclopedia”Scarecrow Press(15 Oct. 2009)

コッポラ「アポカリプス・ナウ」の内幕」ハントン・ダウンズ/著 岡山 徹/訳(クイックフォックス社)

バック・トゥ・ザ・フューチャー完全大図鑑」マイケル・クラストリン/著(スペースシャワーネットワーク)

大系 黒澤明 第3巻」黒澤明/著 浜野保樹/編(講談社)


出典:

https://www.hollywoodreporter.com/behind-screen/ridley-scott-reveals-how-kevin-spacey-was-erased-all-money-world-1068755



文:尾崎一男(おざき・かずお)

映画評論家&ライター。主な執筆先は紙媒体に「フィギュア王」「チャンピオンRED」「映画秘宝」「熱風」、Webメディアに「映画.com」「ザ・シネマ」などがある。加えて劇場用パンフレットや映画ムック本、DVD&Blu-rayソフトのブックレットにも解説・論考を数多く寄稿。また“ドリー・尾崎”の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、TVやトークイベントにも出没。Twitter:@dolly_ozaki



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『ゲティ家の身代金』

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※2018年6月記事掲載時の情報です。

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